ふたりでドアを閉めて

 

 

私は離婚を経験している。

 

離婚の前にDVを経験している。

もちろんされた方の側だ。

反撃もしたが。

 

DVの前に同棲生活を経験している。

周りの反感を買ってしぶしぶ入籍したのだ。

 

同棲生活の前に、お互いの弱さでしか繋がっていない間違った恋愛を経験している。

 

間違った恋愛をするまでの愛読書は片岡義男の小説だった。

 

彼の本に感化されていた私は、まともな恋愛もしたことがないくせに、漠然と離婚をしたいと思っていた。

 

そして、めでたく離婚する時が来た。

 

離婚の原因は相手のDVと生活力の無さと、そんな相手に愛情を持てず、かといって家を出ることもできずに精神的に破滅しつつあった自分の弱さだった。

 

別居を切り出したのは相手だ。

それならいっそ離婚がいいと言ったのは自分だ。

 

わたしは土下座して、

「ありがとうございます。」

そう言った。

 

二人で離婚届けを出しに行ったのだったか。部屋を引き払うまで二人で暮らし、お互いに引っ越しの準備をした。

 

文無しの私は、長期で働きたいと嘘をついて入った工場で引っ越しの費用を稼いだ。

 

相手は別れの記念にと、現金10万円と、なぜかカセットラジオをくれた。

(今使用しているラジカセは、離婚後に知り合った人からお別れにもらったもの。ラジオは私にとって特別なものなのだ)

 

部屋を引き払う日、

二人で大家に挨拶に行き、

二人で灯りを消し、

二人でドアを閉めた。

歌のような本当の話だ。

 

ドアを閉める前に、私はジャケットを着て、デイパックを背負い、ガエルネを履いてへルメットとグローブを持った。

 

じゃあ、元気で、と軽く挨拶をかわした。

 

引きつったような、寂しそうな笑顔で相手は言った。

「友達でいような。たまに飯でも食おうな。」

そう言って握手を求めた。

 

 

曖昧に頷いて、私はヘルメットをかぶり、TT-250にキーを差し込んだ。慣れた身のこなしでシートにまたがると、エンジンをかけて車道の手前までゆっくりバイクを走らせた。

 

左右の安全確認をしながら振り返ると、相手は反対方向へ道を歩きながら振り返って手を振った。

 

私も軽く手を振り、相手とは反対方向の道の先を見つめてオートバイを勢いよく発進させた。少し涙がこぼれたが、もう後ろは見ない。

 

私の前には、自由しか無いと思えた。悲しさはすぐに風に流れて、どこか解放された嬉しさがこみあげてきた。

 

車にもオートバイにも乗らないその人の、弱さゆえの優しさだけが間違いだった。

 

彼に正義があるとすれば、嫉妬はしても、オートバイに乗る私を否定しないことだった。

 

その後、彼は消息を絶った。だいぶ後になって、実家の近くへ引っ越したと噂を聞いた。

 

友達にはなれなかった。この先も、会うことはないだろう。

 

お互いに求める道が交わるところは無かったのだ。

 

ちょうど今頃の季節、阪神淡路大震災の年のことだ。

 

 

 

 

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