何を求めて千里浜まで行ったのか。
私は出発の数日前に現地の天気をチェックして、宿と高速バスの予約を入れた。ぎりぎりまで迷い、そして決めた。最初に決断したのは、数か月も前にSSTR2022の開催が決定した時だったのだが。
そして、SNSで知り合った一人の女性ライダーが、昨年のリタイアのリベンジに再度出走することも知っていた。日程がピッタリ合っていた。ぎりぎりで彼女と会えることが決まった。必要最低限の個人情報を交換する時、彼女はこういう質問をした。
「なぜ、Twitterでいつも挨拶してくれるのですか?」
私は、ほんとうはどう答えたら良いのかわからなかった。とりあえず、ありきたりの理由を送信した。本当に、なぜなんだろう。
前日、夜行バスに乗って金沢へ。朝の気配にカーテンをめくるとアルプスが見えた。遠くへ来たのだ。
SSTRゴール地の千里浜でゴールするライダーに手を振るために旅を決めたのだったが・・・夜行バスは早朝の金沢駅に到着。SSTRのゴールは午後3時だ。時間はたっぷりある。
バスを降りるとものすごい人の行列に辟易した。通勤通学のバス待ちと思われる。トイレへ行って身だしなみを整え、予定では近江町市場付近で朝食をとり、せっかくだから兼六園くらい見学しようと決めていた。
しかし、頭では朝食や兼六園のことを考えていても、足は勝手に電車のホームへ向かうのだった。というわけで、羽咋駅へ直行した。
朝食がまだだ。駅を背にして歩き出すと、八幡神社があった。この旅の無事をお願いし、人の気配のない街をひたすら歩いて道の駅のと千里浜へ向かった。全国共通と思われるサンドイッチと千里浜ブレンドというコーヒーにありついた。
このコーヒーがとても美味しくて感動した。セルフサービスだが、大き目のカップにたっぷり注がれる。羽咋オリジナルのコーヒーだそうだ。他には弁当類が豊富にあった。牡蠣や地元の名産を使っているようだった。
無事腹ごしらえを終え、それでもまだ10時前。近くにあったユーフォリアという日帰り温泉へ立ち寄ることにした。受け付けの人たちも、利用者もみな気さくで感じが良かった。それは、道の駅でも同じだった。そしてレジには美人がいた。
受け付けの男性に、千里浜へ出る道を尋ね、海岸特有の植物の花が咲き誇る千里浜へ出た。花と言えば、羽咋の町は道路沿いに花が植えてある。浜には自然の花々が咲き、白い木の花は良い香りを放っていた。どこを歩いても花がある町だった。
平らに整えられた千里浜をレストハウス方面に歩いた。なぎさドライブウェイの砂はしっかり引き締まっており、足にまとわりつくことなくとても歩きやすかった。
天気は快晴、気分は上々だ。ただ、少し気後れもしていた。華やかな場所が苦手なのだ。SSTRカフェなど入る勇気は無いかもしれない。ましてや加曾利氏や憧れの三好礼子氏などがいたら尚更だ。
一台のオートバイの光がゴール方面から逆行してやってきた。ゼッケンがあることを確認して慌てて手を振った。ライダーは、こちらの3倍以上も手を振り返してくれた。前日ゴールして、これから帰路につくのだろうか。思いの全てが表れるような手の振り方だった。
レストハウスに着いた。トイレを借りた。カフェが見えた。誰もいない。静かだ。食堂へ行ってみた。広い空間に浜焼き用の囲炉裏が付いたテーブルが多数並んだ庶民的な場所だった。
さほど空腹ではなかったので、なぎさうどんを食べてみた。アサリかハマグリが三つ乗ったシンプルなうどんだ。出汁がきいてとても美味かった。浜にはまだオートバイはやってこない。観光の車ばかりだ。時間は、午後1時を過ぎたばかり。
宿に電話をした。送迎を早めてもらった。ゴール時間まで一人、砂浜に居続ける自信が無かったのだ。勇気を出してSSTRカフェに入ってみた。カウンターには美人がいた。ホットコーヒーを注文した。能登の女性は公家の血でも引いているのだろうか。
テラスに出てコーヒーを飲んだ。ゆったりとした気分で千里浜を眺めながら、これまた美味しいコーヒーを飲んだ。しばらくして、再び駅まで歩き宿の送迎バスに乗った。
温泉に浸かり、とても良い花の香りが漂う小道から海岸に出て、遠くにSSTRのゴール地点を眺めた。太陽の位置はまだ高い。フロントで日の入りの時間を確認し、夕食時間を早めてもらった。とても気持ちの良い応対をしてくれる宿だった。
日没は午後7時01分。夕食開始は午後5時40分。どぶろくの甘口辛口唎酒セットを頼んだ。食事会場のテーブルにはご馳走が並んでいた。食べている間にもいくつか新しい料理が運ばれてきた。
本来ならば、ひとつひとつゆっくりと味わいながら食べるのだが、刻々と夕陽の時間が迫る。ほぼ一気食い、一気飲みする。デザートも控えめに数種類口に放り込み、完食して席を立つ。食後のコーヒーは後で貰いに来ることにした。
コンデジを持って浜へ急いだ。まだ太陽は水平線よりかなり上にあった。しかし、日没まで15分を切っていた。家族連れや野球部の学生たち、車のそばに青年のグループ、そして自分と同じようにカメラを持った女性が一人いた。
夕陽が沈むまでカメラを構え続けた。遠くに見えるSSTRの会場には、光の点がいくつか連なって動いていた。その日は平日だったせいか、羽咋の町もゴール時間前の会場もとても静かだった。
宿に戻ると、臨時のバイク置き場に何台かのオートバイがあった。ナンバープレートの地名を読みながら玄関に向かった。その中にハーレーが2台あった。ナンバープレートには釧路と那覇と一瞬読めたが、那須の見間違いかもしれない。
サービスのコーヒーを貰って部屋に戻る。窓辺の椅子に座ってコーヒーを飲む。窓の外はちょうどバイク置き場だった。コーヒーを飲んでいる間に、続々とオートバイがやってきた。様々なエンジン音を聞きながら、美味いコーヒーを飲んだ。
2022年5月25日(水)
この日は、旅の出発直前に会う約束をした、Twitterで知り合ったharuさんの出走の日だ。前日に、早め到着予定とメールをくれていた。
早朝と朝食後に温泉へ入り、ゆったりと過ごす。食後のコーヒーを部屋に持ち帰り、窓辺で飲んでいると、次の目的地へ出発していくオートバイの様々なエンジン音が聞こえてきた。なんという贅沢なひと時なのか。ハーレーのエンジン音はまだ聞こえない。
チェックアウトは10時ぎりぎり。時間は有り余るほどあるのだ。予定していた氣多大社参詣へは、自転車道を歩いて行った。暑くなりそうな一日の始まりだ。
その道でも、浜へ向かう道で咲き誇っていたのと同じ白い花がとても良い香りを放っていた。約40分の行程とグーグルマップには出ていたが、モンベルの工場あたりで道に迷ったにもかかわらず、意外にあっけなく神社の入り口に着いた。
真っ黒い瓦屋根がギラギラと光る参道の民家が印象的だった。神域「入らずの森」が背後に広がる氣多大社(けたたいしゃ)を参詣。「鵜様」という鵜の神様が描かれたおみくじを引く。小吉。真面目に働け、待ち人来たらず連絡来る、と書かれていた。
haruさんと、彼女が旅先で会う約束をしている四国の女性ライダーと、自分のために華やかなお守りを3つと、haruさんへの交通安全のお守りをいただいた。袋の中には「氣」と書かれた紙が2枚入っていた。
ローカルなバスで羽咋駅へ。さて、次はどこへ行こう。ランチにはまだ早い。そして空は快晴で暑い。気になっていた羽咋神社へ行ってみた。神社の隣には銘水があった。SSTR参加のライダーが一人参詣していた。手も振れず、声もかけられず。
メールが入った。2時頃には着くかもと、haruさんからだ。まだ3時間はある。空腹ではない。とっさに思い立って駅へ戻り、電車に乗った。七尾行きだ。とんぼ返りすれば、ちょうどいい時間にレストハウス能登千里浜へ行けるだろう。
電車の車窓風景はどこかで見たような田園風景。しかし、真っ黒で立派な瓦屋根は独特だ。自分はいったい何をしているのだろう。そんな思いがふと浮かんだ。
折り返しの電車で再び羽咋駅に戻った。約束の時間が迫っている。千里浜レストハウスへ急いだ。SSTRのゴールゲートには小さな日陰にフラッグを持ったスタッフと、宇宙人のマスクの人?がいた。彼らに聞いてみた。
「青いボルドールはもう来ましたか?」
「来てないね」
まだ2時半頃だったが、ゴールゲートは開いていた。早めに開けたのだとのこと。砂浜でスタンバイして考えた。写真を撮るべきか、手を振るべきか。
一台、また一台とオートバイがぽつりぽつりとやってくる。望遠にして見ても、近くに来ても逆光のせいか、ライダーとオートバイの特徴がつかめない。しばらく待っていると、一瞬青く見えたオートバイが横切って行った。
今のがそうなのか?自信が持てなかった。時間的には彼女のはずだが。しばらくウロウロしているとメールが入った。どこ?と。
haruさんに会えた。お菓子とバイク神社のステッカーを土産に持ってきてくれた。お守りを3つと「氣」と書かれた紙を渡した。SSTRカフェのテラスで会話をした。彼女はストレートにこう言った。
「なぜ応援してくれるのですか?」
やはり、ありきたりのことを答えたような気がするが、本当のことはわからない。たまに、SNSでなぜか特別惹かれる人がいる。理由ははっきりとはわからない。人を惹きつける何かを彼らはもっているのだろうことしかわからない。
SSTRを終えた彼女は、そのまま四国へ向かうのだと言う。あと600kmと言っていただろうか。朝から食事もしていないと言っていた。食べると不調になるのだそうだ。
心配しても仕方がない。人には人のベストコンディションというものがあるのだ。35年のバイク歴のある彼女に、言える言葉は何もない。そろそろ出発でしょう?と先を促して、駐車場へ向かった。
呆れるほど遠かった。何百キロと走り通してきたライダーたちを片道10分ほども受付まで歩かせるのだ。あれはちょっと酷い。海岸でゆったりと愛車との記念写真を撮ることもできないではないか。
彼女は突っ走って行った。早すぎて写真もまともに撮れなかった。良い旅を、と背中に言うばかり。
さて、遅い昼食を海を見ながら食べようかとレストハウスに戻ると、営業終了の看板が。焼き牡蠣とのどぐろ釜飯は消えた。とぼとぼ歩いて道の駅のと千里浜へ行く。
そこもまた営業終了まで30分しか無かった。牡蠣の乗った弁当と加賀棒茶のペットボトルと千里浜ブレンドを買って、ローズマリーの茂る外のベンチで食べ、コーヒーを急いで飲んだ。ゴール時間調整中のライダーたちがけっこういた。
SSTRのゴールへ戻ろうかどうしようか考えたが、一人であの浜にいる勇気と辛抱は無いと気付いた。自分は何をしにここへまで来たのか。遥か遠くから走り通してきた参戦者に手を振るためではなかったのか。しかし、疲れてもいた。
初対面のharuさんを迎えることができた(本人は浜にいた私に気づいていなかったらしいが)、街を走るオートバイに何度か手を振った、ゴール前で数台に手を振った。それで十分ではないかと思えた。
駅へ向かい、駅前の八幡神社に頭を下げ、電車に乗った。電車は混んでいた。金沢駅で駅弁を買い込み、アパスパで寛いだ。駅構内のベンチで弁当を食べたり、本を読んで時間をつぶし、夜行バスで帰路についた。
私のSSTR2022は、haruさんの応援と次の旅への見送りと、神々と自然界の「氣」を頂いたこと、夕陽までに夕食を早食いしたこと、見事な夕陽を見られたこと、旅するバイクのエンジン音を聞きながら美味いコーヒーを飲めたことで終了した。
ああ、なんとも贅沢ではないか。
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