約40年も昔のことだ。沖縄を旅した途中に出会った青年がいた。追いかけて、そして小さな島で別れた。その後の再会は、私の勝手な都合で叶わなかった。
その彼らしい人物が、実は今暮らしている街のどこかにいるかもしれないということを最近知ったのだ。
かなり以前に、実家に私の名を訪ねた男性がいたことを聞いた。理由は告げず、ただオートバイに乗っていた娘がいるかどうかを尋ねただけだったらしい。この街のどこかでバーをやっているとも言っていたそうだ。
ある日街を歩いていた。一台のKAWASAKIが歩道に停まっていた。900ccと書いてある。
一人の男が通り沿いの小さなドアから出てきた。その横顔はどこか記憶の中を探せば出てきそうな顔だった。知り合いだろうか。
KAWASAKIの赤いタンクに、彼は手に持っていた黒い革のグローブを置いた。歩く速度を緩め、私は彼の横顔を見つめながらゆっくりと通り過ぎた。
「Mさん、でしょ?」
背後から声がした。ふり返ると、KAWASAKIの男が私を見ている。
「え?」
「やっぱり気付かないんだな。それだけの存在だったんだなって、前にすれ違った時も思ったよ。」
「もしかして、Hくん?」
驚いたことに、すんなりと名前が出てきた。
私は忘れてはいない。人生の軌道を逸れてから、思い出さないように記憶の底に封印していただけなのだ。
彼は跨っていたオートバイから降り、尻ポケットから革のカード入れを出して、名刺を一枚取り出した。彼が出てきた店の扉を指さして言った。
「ここで店やってるから、良かったら来てよ。あの時のツケ返して欲しいな。」
彼は笑った。
「ツケ?」
そうだ、そう言われただけで思い当たることがある。散々ご馳走になったあげく、文無しの彼を沖縄の小島に置き去りにしてきたことを、後日彼の手紙で知ったのだ。
「ボトルでもキープしてよ」
そう言うと、彼は再びオートバイに跨って、ヘルメットのシールドを下ろし、片手を軽く上げてから車道を走って行った。
シールド越しに、彼の顔がまだ笑っているのが見えた。エンジン音が心地よく響いて、遠ざかって行った。
彼が走り去った方向をぼんやりと見つめながら歩いた。彼の店にボトルを入れて、私は一人カウンターで酒を飲む。何のボトルが良いだろう。ウイスキーかジンか。
つまみは何が良いか。お互いに知らないその後の話が、一番のつまみになるかもしれない。
そんなことを考えていたら、自然に笑顔になっていた。
とりあえず おわり
これは限りなく現実である可能性を秘めた創作です。
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