彼はそこにいた 正しき姿

 

「オートバイ乗りって、バイクが好きだ、いつでも走りたいって言うじゃない。モチベーションを保つのって案外大変だと思うのだけど」

「オートバイ乗りは特別なんだ」

「君だってあの頃はそうだったんじゃないのか?」

 

一週間後、またあの店へ行った。いつも会話が途中で途切れてしまうから、行かずにいられない気持ちになるのだ。そういえば、店の名を記憶していない。名刺まで貰ったのに。バッグから名刺を取り出してみると、barとだけ書かれている。

 

いつものように欅のソーダ割り、ミックスナッツ、今日のお通しはいぶりがっこのクリームチーズ和え。秋田の名産いぶりがっことクリームチーズはものすごく相性が良くて美味しい。

 

「そういえば、そうね」

「どこへ行くのもオートバイに乗って行きたかったのは確かよ」

「例えば?」

「そうね、ツーリングや仕事はもちろん、ジーンズショップへ行く時とか、市場へお花を買いに行く時、人に会いに行く時とか、理由もなくどこかへ行きたくなった時」

 

「そうそう、結婚式へも行ったわ」

「結婚式?」

「ええ、同い年の従妹の結婚式、そして大親友の結婚式。どちらも隣の県。従姉は海寄りの田舎町。大親友は内陸の街だったわ」

「ドレスはどうしたんだ?」

「バッグに詰めて荷台に積んで行ったのよ」

 

「皺になっただろう?」

「アイロンを借りたのだったかしら」

「普通は車とかで行くだろ」

「私はオートバイで行きたかったのよ。それが一番正しいことだと思ったの」

 

「なぜ?」

「あの頃の私にとってオートバイは鎧、あるいは正装のようなものだった」

「ほう」

「一番自分らしい姿とでも言うのかしら」

「それは一理あるかもしれないな」

 

「ところで、このお店の名前はバーなのかしら?」

「エヌが抜けてるな」

「そのまま読むならバーンだが、正しくはバーエヌだ」

「あら、nだけ色が薄くなっているから見落としてしまったわ」

 

扉が開いた、客が2人入ってきた、いつもの3人組の2人のようだった。カウンターの中の彼は、ボトルを一本棚から下ろしてカウンターに置き、冷えたグラスと氷を用意している。

 

ボトルには「カタナ&ゼット」とカタカナで書いてある。どうやら、この店のお客はオートバイ乗りが多いらしい。棚に並んだボトルをよく見ると、アフリカやヒマラヤ、5匹の羊、Wその1、その3、大陸、デブオなどと書かれていた。

 

おわり

続くかもしれない

コメント

タイトルとURLをコピーしました