「とんずらさんには、この街に親友がいたんだ」
「二人ともダブサンに乗っていたそうだ」
「650RS W3ね。彼のオートバイ・・・の」
彼はカウンターの中から手を伸ばして、私の前に小皿を置いた。今日のナッツはトリュフ風味。とても美味しい。もう一皿は村田町のそら豆を藻塩で茹でたものだそうだ。大きくてほっくりしている。塩味がきいていて、これもまた美味しい。
彼の話によると、とんずらさんと親友は地元のT大で出会ったそうだ。神戸と仙台、出身地が違っていても、妙に気が合った。きっかけはお互いのカワサキW3だった。
2人ともソロツーリングを好んだが、気が向くとつるんで走りに行った。磐梯山、蔵王、八幡平あたりの山岳道路を好んで走っていた。
大学を卒業すると、とんずらさんは故郷に戻って就職した。親友は大学院に残った。最後に2人でツーリングに行ったのは、四国だ。とんずらさんを兵庫に送るついでに、2人で四国を一周した。
土佐の海岸で、日曜市で買ったいも天ぷらを頬張りながら二人は約束をした。無事還暦を迎えたら、日本を一周しようじゃないかと。
お互いにどんな人生を送ったとしても、60歳にもなれば自由な身になっているだろうと。そして、それまで死ぬなよ、と別れ際に握手して誓いあったのだった。
3年前に2人は還暦を迎えた。ひとりは夏に。ひとりは冬に。出発は翌年の春だな、と約束していた。
2人が再会したのは無事還暦を迎えた翌年の1月だ。親友の葬式だった。
「オートバイ乗りはオートバイで死んではいけない。学生時代から、2人はそう言っていたそうだよ」
「親友さんはなぜ亡くなったの?」
「仕事中の事故だったそうだ」
とんずらさんがこの店に来たのは、親友の葬式の日の夜だった。
「たまたま偶然だったんだよ。予約してたホテルが店の目の前でさ」
それ以降、少なくとも年に一度、親友の命日近くになるととんずらさんは墓参りのついでにこの店に寄ってくれるのだ。必ずオートバイに乗って来る。
「親友さんが生前に乗っていたオートバイは何だったの?」
「カワサキの2008年モデルのW650 ファイナルカラー ローハンドル仕様だったと聞いてる」
「ずっと好きだったのね。カワサキが」
「とんずらさんは、葬式から帰ってからハーレーに乗り換えたらしいよ。それまでは、やはりW650だった。ただし、1999年モデルをレストアしたやつだけどね」
「なぜ乗り換えたのかしら」
「なぜだろうな、そこのところは聞いていないんだ」
扉が開いた。いつもの3人組かと思ったら違った。青年が1人入ってきて、扉に近い丸テーブルの席を選んだ。
カウンターの中の彼は缶ビールと冷えたグラスを運んでいった。彼と青年とは会話をしていない。お通しを出すと、何かを作り始めた。
あ、この匂いはトマト系の何かだ。炒める音が聞こえる。おそらく、ナポリタンではないか。しばらくして彼が運んでいったのは、タコウィンナーの乗ったナポリタンスパゲティーだった。
おわり
続くかもしれない
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