「私、決めたわ」
「え?何をさ」
「旅に出ることにした」
「どこに?」
「まず最初は、白い道を目指して行くつもりよ」
コーラと氷を頼んで、角でコークハイを作って飲んでいる。絞ったライムが氷の上に浮かんでいる。
お通しは、手抜きだ。フォションと書いてある、見た目はまるでチョコレートのようなチーズだ。濃厚なトリュフ風味で、それはそれで美味しい。それと、冷えた枝豆。
「白い道って?」
「知らないの?」
「知らない」
「北海道の宗谷岬の近くにある、帆立の貝殻を敷き詰めた3kmほどの道なのよ」
「ほお、なんか、いいな」
電車で行くのか、と彼は聞いた。オートバイに決まっているでしょう、と私は言った。レンタルだと高くつくだろ、と彼は言った。SR400の中古を買うのよ、と私は言った。
「ほお、景気がいいな」
「お金なんて無いわよ」
「どうするんだよ」
「どうにかするわ」
後ろのテーブルから声がした。
「北海道に行くんですか?」
壁際のテーブルで一人飲んでいた50代くらいの男性が、こちらを見て言った。
「来月転勤で北海道へ行くんですよ」
「そうなんですか」
「カウンターに移って、少し話しても良いですか?」
「どうぞ」
男性は自分でグラスを持って、私の2つ隣のスツールに移ってきた。つまみとボトルと水割りセットは、カウンターから出た彼が運んだ。
仕事の都合で単身赴任なのだと、男性は言った。仙台から旭川に転勤になり、引っ越しの準備を整えているところだと言った。
「それでね、オートバイが好きなもので、北海道に転勤になったことは実は内心喜んでるんですけど、一つ問題があって悩んでいました」
男性は合計3台のオートバイを所有しているのだと言う。一台はHONDAのAfrica Twin Adventure Sports。もう一台は同じくHONDAのスーパーカブ110。
「もう一台は、先ほどお2人の会話に出てきたYAMAHAのSR400なんですよ」
男性は、3台すべてを旭川に持って行きたいと思っているが、配送料のこと以上に置く場所が無いのではないかということを憂いていた。
北海道を走るには、Africa Twinは外せない。あとの2台を置いていくのも忍びない。売ってしまうこともしたくない。どうしたものかと悩んでいた。
「それで、お2人の会話がふと耳に入ってきたんですよ。」
「それは悩ましいですね」
「閃いたんですよ、名案が」
「どうです?私のSR400で北海道へ行く気はありませんか?」
男性は、満面の笑顔で私の目を見てそう言った。とりあえず、自分はAfrica Twinに乗って自走、SR400はあなたが乗って行ってはどうかと男性は言う。
旭川に着いたら、2台置けるかどうか確認して、その後は目的地の白い道へ向かい、ついでに北海道を旅してもらっても良いのだと男性は提案した。
「まったく素敵なお話です」
「そうでしょう!」
「即答して良いのかしら・・・」
「もちろんですよ」
「でも、もう少し考えます。今日初めてお会いした方ですし」
「こちらはまだ時間があるので、よく考えて答えを出していただいても構いませんよ」
男性は名刺を出して裏面にボールペンで何かを書き、私に手渡した。大手建築会社の仙台支社係長という役柄が記載されていた。裏面には、手書きでメールアドレスと携帯電話の番号が書かれていた。
私はカウンターの中で黙っている彼の顔を見た。彼は満足そうに微笑しながら、瓶入りのコーラをラッパ飲みしていた。
おわり
つづくでしょう
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