「あら、これはどうしたの?」
「お と お し」
「いつもと違うじゃない」
大きめな唐揚げのようなものが器に3個ほど乗っている。鶏の唐揚げではなさそうだ。
「何だと思う?」
「うーん。実は、知ってるわ」
「何だよ」
「イカメンチ。弘前のご当地グルメ」
「よく知ってるじゃないか」
また常連客のお土産だそうだ。イカゲソと野菜を刻んで混ぜ込んだ団子状のさつま揚げのようなものだ。
土産にもらったというイカメンチは、チルドになっていて既に味付けがなされている。とてもいい味だ。正式には、いがめんちと言う。
「今日は珍しくお招きの連絡をいただきまして。どうしたのかしら?」
「もうすぐ来るんだよ」
「誰が?」
「あんたが心待ちにしているカッコいい男」
「あ、とんずらさんね!」
「やっぱりな。とんずらさんのようなタイプなんだ、今は」
「そんな言い方って・・・とんずらさんは誰が見てもカッコいいでしょう?」
今夜も角のボトルと氷とコカ・コーラを注文して、コークハイを飲んでいる。サービスでレモンのスライスを付けてくれた。
今まで氷無しで飲む習慣だったが、ある日自宅で氷を入れて飲んでみたら、美味しさが増した気がした。それ以後、氷も注文するようになった。
「もっと後に、彼も来る」
「え?誰って?」
「青年だよ」
「とんずらさんの親友の息子さんね」
「そう」
とんずらさんと青年がこの店に来るようになって3年が経つのだと言う。それまで2人は対面したことがない。お互いに会いたくてこの店に来ているはずだとも彼は言う。
そんな2人を見ていていたたまれなくなった彼は、2人を対面させるべく仕組んだのだ。
「とんずらさんから連絡があってさ、今度の土曜に店に行きますって。いつもは連絡無しで来るんだけどさ」
「どうしたのかしら」
「そうなんだよ。で、閃いたのさ。この際、二人を合わせちまおうって」
「青年に連絡したのね。私にしたように」
「そうさ、ただそれだけ」
「なんだか緊張してきたわ」
扉が静かに開いた。今日は猛暑日で、夜になっても気温が30度を下がらない。扉を閉めて、店内は冷房が効いている。
入ってきたのは、あいかわらずきちんと整えられた白髪交じりのリーゼント。とんずらさんだった。
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
「こんばんは」
とんずらさんは私に会釈すると、私の左側から3つ隣のスツールに腰かけた。
「今日はビールにしようか。スーパードライの古いやつあるかな?」
「ああ、すみません、もう前のタイプのが無くなっちゃってて・・・アサヒスタウト入れてみたんですけど、どうですか?」
「じゃあ、それいただくよ」
「真っ黒なのね。でも、美味しそう」
「なかなか濃厚なビールですよ。これも美味い」
「弘前のソウルフード、イカメンチですって」
とんずらさんは静かに飲んで食べ、イカメンチ一つを残して、ぽつりと話し始めた。
「妻がね、旅に出たんですよ。妻と言っても、3年前に離婚してるんですけど。今、仙台にいて、会えないかと連絡が来ましてね」
とんずらさんの奥さんは、3年前に離婚とほぼ同時にオートバイで旅に出たらしい。ごくたまに、旅先や旅の資金を稼ぐために生活している街から連絡が来ることもあったと言う。
「離婚を言い出したのは彼女でね、私も自由になりたいって」
「そうなんですか」
「離婚の慰謝料はあなたのオートバイでいいって言うんですよ。慰謝料って言ったって、私は何も妻に対して悪いことはしていないはずなんですけどね」
「W650ですね」
「そうです。愛車を取られて、しかも親友も亡くしたばかりで、どうしようもなくて。それでBREAKOUT™ 114を買ったんですよ。なにもかも忘れさせてくれそうな迫力を感じましてね。バイクショップで、ほぼ一目惚れでした」
とんずらさんがなぜW650に乗っていないのか、その謎が解けて、私はすっきりした。
「その妻のW650が故障したとかで。もう手に負えないと言うんです。それで引き取りに来たというわけですよ」
「じゃあ、今回はバイクじゃないんですね」
「ええ、新幹線で来ました」
扉が再び静かに開いた。もう一人の待ち人、とんずらさんの亡き親友の息子だ。ヘルメットを持っている。彼は扉の前に立って、カウンターのとんずらさんを見つめている。
そうだ、初対面とはいえ、青年は父親ととんずらさんのツーショットの写真を見ている。年を取ったとはいえ、面影は充分に残っているはずだ。
「いらっしゃい。今夜はカウンターに、良かったら」
「あ、はい」
青年は、少し戸惑いながら、とんずらさんの左側、2つ隣のスツールに腰かけた。わたしは、なぜかドキドキしながら、2杯目のコークハイを濃いめに作っていた。
おわり
続くでしょう
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