彼女は決めた SR400

 

「明日、ひとに会う予定ある?」

「特に無いけど、どうしたの?」

「なら、大丈夫だな」

「何が大丈夫なのよ」

 

「お通しだよ」

「え?」

「今日は宮古島バージョンの沖縄モズク」

「あ、わかったわ」

 

宮古島ではモズクにおろしにんにくを入れるのだ。それが、めちゃくちゃ美味しい。目の前に、少し大きめの鉢にたっぷり入ったモズクが差し出された。

 

「で、なに飲む?」

「こうきたら、あーでしょう」

「だよな」

「泡盛?」

「オリオンビールだろ?」

 

さすがに泡盛は置いていないらしく、オリオンビールが自動的に出てきた。

店はいつものように早めの時間なのに、混んでいた。七夕祭りの余韻がまだ残っているらしく、他県からの観光で来ている人もいる気配だ。

 

「もうすぐだろ?北海道」

「そうよ。来週末には出発するわ」

 

「まだSR見てないの?」

「そうなのよ。かなり不安だわ」

「レンタルで練習はしたのか?」

「ええ、なんとか一回だけ。しかもオフロードバイクよ」

 

北海道行きが決まってから、できる限りレンタルバイクで練習しようと決めていた。だが、仕事や暑すぎる気候のため、たった一回しかその機会を設けることができなかったのだ。ほぼ、ぶっつけ本番だ。

 

「ただ、ハマさんが、時間と体力を無駄にしないようにって、苫小牧までフェリーで行くことになったの」

「そうだろうな。青森までほぼ400km、そこから札幌まで行くとして、15時間くらいかかるだろ。高速代もかかるしな」

「そうなのよ。それに意外に仙台発苫小牧行きフェリーは料金が安いの。なにより、夜に寝ている間に移動できるのがいいわ」

 

あれこれと北海道行きの話に夢中になっているうちに、目の前にはタコウィンナーとピーマンの炒め物が波の模様の皿に乗って置かれていた。

 

「食うだろ?」

「もちろん」

 

「ところでさ、北海道、やっぱり紙の地図見ながら走るのか?」

「そうね、ハマさんと一緒の時は彼がナビゲーションしてくれるはず」

「その後は?」

「もちろん、紙の地図といつもの勘よ。それと現地の人頼り」

 

「勘てさ、たまにはずれる時があるよな」

「たしかに。ぜったいこっちだろうって、自信満々で進んでいると真逆だったりとか」

 

2人の会話は、以前も話した動物の勘について盛り上がった。

身体も脳も使わないと衰えてくるように、勘もまた使わないと鈍ってくる。スマホ頼りで道を決め、導かれるままに走っていたら動物の勘は廃れていくだろうと、2人の意見は一致した。

 

「でさ、勘がはずれたと思ってたら、実は結果的に当たりだったって話もけっこうあるよな」

「え?どういう意味?」

 

「間違って進んだ道の先でばったり懐かしい人に会ったり、ふとルートを変えてみたくなって時間くってたら事故回避してたとかさ」

「あ、あるわね、そういうの」

「超勘が当たってたってことになるよな」

 

だけど私はスマートフォンを用意したばかりだ。できればパソコンを持ち歩きたいのだが、荷物はできる限り少なく小さくしたかった。

SNSや写真の記録、自分の位置確認、宿の情報や予約のために、必要だと思ったからだ。

 

「俺さあ、二週間後に休暇取るんだよ」

「ふーん」

「あ、そっけない返事」

 

「どこかへ行くのかしら?」

「北海道ってのはどうかな?」

「私が帰ってくる頃かしら」

「え、そうなのか?」

「そんなに長い旅をするほどの資金は無いわ」

 

彼は真剣にがっかりしている様子だった。よほど北海道へ行きたいのだろう。それなら1人で行けばいい。心の中で呟いていると、彼はテーブル席の客に呼ばれてカウンターから出て行った。

 

店の扉が勢いよく開いた。ハマさんだ。今日は北海道行きの最終打ち合わせのために、ここで待ち合わせをしたのだ。

 

「はい、これ渡しておきます」

 

2つ隣のスツールに腰かけたハマさんは、挨拶の前にそう言って私の前に革のキーホルダーが付いた鍵を置いた。革にはSR400と刻印してあった。

 

「わあ、SRの鍵ですね」

「ええ、来週はうちまで来ていただいて、2台で出発しましょう」

「ええ、ドキドキしてます」

「やはりぶっつけ本番では不安でしょうから、明後日の早朝に少し走りませんか?」

 

明後日と言うのは日曜日だ。特に予定は無い。願ってもない話だった。

 

「早朝なら、俺も行こうかな」

 

背後から声がした。店の主人である彼が話を聞いていたのだ。

 

「いいですね、ちょっとしたツーリングでもしますか」

 

私の返事を待たず、話は決まったようだ。

 

 

おわり

続くでしょう

 

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