カップ麺とポテトチップス、缶ビールを2本。ビールはアサヒスーパードライ。小豆餡入り揚げパンとサンドイッチ。ハマさんの家へ行く途中のコンビニエンスストアでそれらを購入し、自転車を走らせた。
お酒はビールで良かったのかしら。食べるものがチープすぎないかしら。ワインとチーズとかが良かったのかな。頭の中にそんな思いを巡らせながら、心の中は今夜の期待に満たされていた。
ハマさんの家へ着き、暗い玄関の扉を開けるとフッと湿気っぽい匂いがした。明日は晴れだ。朝からずっと窓を開けておこうと決めた。
家へは上がらず、そのままガレージへ向かった。シャッターを開けなくても庭からガレージに入る扉がある。キーを変えて扉を開けた。
ああ、オイルの匂いがする。裸電球の灯りを付けると、目の前にオレンジ色の空間が広がった。
外はかなり冷えていて、もう冬が始まろうとしている。シャッター一枚隔てたこの空間もかなり冷えていた。
ガレージの壁沿いに石油ストーブがあることは知っていた。タンクを持ち上げてみると、ほぼ満タンに灯油が入っているらしい。傍にはダークブルーのIKEAの椅子、POÄNG ポエングが置いてある。
お揃いの色のオットマンもその横にあった。ハマさんも私と同じような考えで、この空間で過ごすことがあったのだろうか。すべてが、今夜の私のために用意された物のように思えるけれど。
石油ストーブに火を点けた。濃いオレンジ色の炎が勢いよく燃え始めた。壁に設けられた棚に、大きなマッチ箱と薬缶があった。ガレージには水道も付いている。
薬缶に水を汲み、石油ストーブに乗せた。ジュッと水が熱ではじける音がした。石油ストーブの燃える匂いと、この音が私は好きだ。
デイパックの小さなポケットから、革のキーホルダーが付いたキーを取り出し、目の前で静かにたたずんているSR400のイグニッションに差し込んだ。
キックを踏み下ろし、エンジンを始動させた。今夜も心地よい音がガレージの中に響いている。アイドリング状態でシートを降り、ポエングに座ってしばらくSRを眺めた。
テーブルが見当たらず、車のタイヤを横にして棚にあった新聞紙を乗せてテーブル代わりにした。買ってきた食料とビールを並べ、プルトップを開けた。
ビールを一口飲み、ポテトチップスの袋を開けた。濃厚チーズ味だ。女性の出演者はほとんど指で直接つまんで食べると言ったが、男性はほとんど箸で食べると言っていた番組を思い出した。
そして女性は食べ終えた後、塩と油の付いた指を舐めるのだと言っていた。自分も同じだ。ポテトチップスを食べ、ビールを飲み、SRを見つめ、そしてまた飲む。
何という至福なのだ。ハマさんからこの幸せを譲り受けてから半年が経過していた。泊りは今夜が初めてだった。もっと早く、こんな時間を設けるべきだった。
お湯が湧いたらしい。シュンシュンと薬缶が音を立てている。カップ麺の蓋を開け、お湯を注ぐ。迷ったあげく、シンプルにカップヌードル醤油味を選んだ。
3分間、ビールもポテトチップスも新聞紙の上に置き、エンジンの音を数えて過ごす。4拍子だから、ワンセットとして45回数えればいいのかな?根拠のない計算で頭を悩ませる。
直感的にもうカップ麺は食べごろになっただろうと感じた。蓋を開けると、食べごろになっていた。カップヌードルは何て美味しいのだろう。オレンジ色の狭くも広くもない空間に、この上ない幸せな時が流れていた。
22時を過ぎ、ガレージの中はストーブの熱だけでは過ごせないほど冷えてきた。SR400のエンジンをストップさせ、エンジンに手をかざす。強い温もりが伝わってきた。エンジンが冷えていく音が小さく響く。
石油ストーブを消し、電気のスイッチをオフ、まとめたゴミを持ってガレージを出た。一階の客間に布団を敷き、パジャマに着替えて眠った。
翌朝、目が覚めたら7時を過ぎていた。心地良い目覚めだ。パジャマのまま二階へ上がり、窓を開けた。一階へ下り、開けられるだけの窓をすべて開け放った。
昨日と同じジーンズとフリースとジャケットを着て、デイパックを持ってガレージへ行く。石油ストーブを点けて薬缶を置く。ドリップコーヒーを持参したカップにセットして、昨日買っておいたサンドイッチをバッグから取り出す。
ふと思い立って立ち上がり、ガレージのシャッターを開けた。キラキラとした朝陽が幾筋もガレージの中に差し込んできた。振り返ると、SRが眩しい光を放っていた。
おわり つづかせます
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