彼らの旅 私の旅 怪我自慢

 

「なんでこんなに美味しいのかしらね。この単純な料理が」
「物事はさあ、単純なほうがいいんだよ。料理でも何でもさ」
なぜかここにもタコウィンナーが乗っている。マスターの作った、ツナ缶入りソーミンチャンプルーは、とても美味しい。
「昨日のSNS、面白かったなあ」
「何が面白かったの?」
「怪我自慢さ。オートバイ乗りたちの」
「何それ?」
「オートバイ乗り、特に熟年世代の男たちがすごいんだよ」
「何がすごいのよ」
彼はグラスにコーラを注いで飲んだ。アルコールは入れていない。一呼吸おいて話し始めた。
瀬戸内海の見える街に住むウルトロマンさんは、若い頃仕事で腕がもげたけど、腕のいい医者にくっつけてもらって、今でも毎日のようにバイクに乗っている。
腰もガタガタで、コルセットを付けていないと30分もバイクで走れないそうだ。他にもいろいろとすごい傷跡があるらしい。
関東のタケノコさんは、林道でバイクが不意に立ち上がって落ちたときに膝が割れたが、3時間ほどじたばたした末に自力でバイクを起こして山を下りてきた。気絶しそうな痛みに耐えながら、バイクで走って帰ってきて入院だ。
富士山の裾野のドラ太郎さんは、頚椎、腰椎、脊椎、堆と付く場所をことごとくダメージを受けたが手術しても快方に向かわず。結局リターンしてバイクに乗るようになったら調子が良くなったって話。
「どいつもこいつも、呆れるほど身体にダメージを受けてるんだよ。それでもまだバイクに乗り続けてる強者どもなんだ」
「うわぁ、腕がもげてって・・・想像しただけでも眩暈がするわ」
先日立ちごけしたときの怪我がまだ癒えていないけど、彼らのダメージと比べたら怪我とも呼べない軽傷なのだろう。まだ右脚の脛の内側が赤く固まっている。あれからもう2ヶ月が過ぎようとしているのに。
「それでさ、全員共通してることって何だと思う?」
「うーん、バイクバカ?」
「そう言っちゃったらおしまいだろ」
「全員、無二のバイク好きってことさ」
「うん、だから、バイク・・」
「全員集めてさ、ここで怪我自慢やってもらいたいなと思ってさ、いつか」
「趣味わる」
「盛り上がると思うぜ」
店のドアが開いた。2人の男が入ってきた。どちらもヘルメットを持っている。黒い革ジャンと茶色の皮ジャン。
2人のシルエットは、ちょっと草臥れた感じを醸し出していて、しかも戦いから帰った男の雰囲気も滲み出ていた。
「あ、とんずらさん!?あ、Kくん!?」
「やあ、お帰りなさい!お久しぶりです!」
「ただいま帰りました。いや、まだ旅の途中ですけどね。中間報告ってやつですよ」
「さあ、座って、旅の話を聞かせて下さいよ。今夜は俺のおごりです!」
マスターは上機嫌だ。私も心がウキウキしている。2人の旅人は、とてもいいオーラを放っていた。
Kくんの横顔が、ちょっと変わったように思えた。日に焼けているせいか。いや、それだけではないだろう。旅に出た男が身につける自信のようなものだろうか。単純に言えば、大人っぽくなったってことだ。
 
「バイクですよね?二人とも」
「ええ、でも今夜は向かいのホテルに泊まります。バイクだけ置いてきました。部屋に入ったら、そのまま寝てしまいそうで、先にこちらに伺ったんですよ」
「じゃあ、飲めますね?」
「はい、いただきます」
「君も、今夜はウイスキーにしちゃう?」
マスターにウイスキーを進められたKくんは、少しためらって、はい、と頷いた。とんずらさんが、ぽつりと言った。
「今日は、Kくんの誕生日なんですよ。20歳の」
「お、そうですか、それはめでたい!」
「それで、皆で乾杯したいと思いましてね。静岡から飛ばして帰ってきました」
マスターは、とんずらさんのボトルではなく、店の奥から新しいウイスキーを持ってきた。ラベルには「知多」と書かれていた。国産好きのマスターらしい選択だ。
「Kくんはウィスキー初体験だと仮定して・・・飲みやすいウィスキーを選んでみました」
知多はさっぱりとしてクセが強くないのだそうだ。便乗して私も一杯いただくことにした。とんずらさんはロック、Kくんはハイボール、私とマスターもロック。
「では、Kくんの誕生祝いと、2人のW乗りの旅を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」

おわり つづくよ

 
(おまけ)
3人の登場人物は、実在の方々をモデルにしました。っていうか、そのまんまですが。無断でネタにさせていただいたお詫びと、お礼を申し上げます。そのうちまた再登場するかもしれません。また、面白いつぶやきを期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました