「それで、旅はどうでした?」
「もちろん、最高ですよ!なあ、K」
とんずらさんは、Kくんの名前を呼び捨てにした。それだけ仲が深まったということだろう。
「ええ、最高ですよ。もちろん」
Kくんの口調は、なんとなくとんずらさんに似てきたような気がする。
「でも、とんずらさん、時々急に飛ばすんですよ。とんでもなく。」
「え、そうなの?」
「ええ、間隔を開けてしばらくぼくの後ろを走ってたかと思うと、急に追い越して、そのままぶっ飛んで行ってしまうんです。ぼくを置いて」
「君は無理してぼくの後ろに付いてこないタイプだとわかったから、安心して飛ばせるんだよ」
「酷いなあ。ぼくはいつでも安全運転ですよ。父とは違って」
「ああ、そうだな。あいつは、よく無茶して怪我ばかりだった。事故で逝ってしまうんじゃないかと、いつもハラハラしてたんだ。あ、ごめん、思い出させたかな」
「いえ、ぼくとしてはそのほうが良かった気もします。病気がちの父は辛そうだったから」
それぞれが、過去を思い出しているのか、言葉が途切れた。
「Kくん、ウイスキーの味はどうよ?」
マスターが、空気を読んだのか鈍感なのか、そんな質問をKくんに投げかけた。
「はい、大人の味がします」
「それって、美味いってこと?」
「まだわかんないです」
マスターは、こころなしかがっかりした表情を見せた。
私は、なぜとんずらさんが急に飛ばしたりするのか、その理由がとても知りたくなった。
「とんずらさんは、なぜときどきぶっ飛ばしたくなるの?」
「それは、ただ理由も無く、というか、なんというか、オートバイ乗りの性とでもいうか・・・」
とんずらさんは何かを隠している、そんな気がした。
「まあ、実はですね、本当のことを言ってしまいましょうか」
「なになに?」
全員がとんずらさんに注目している。
「そんなに見られると照れますな・・・」
「実は、泣いてたんですよ。オートバイを急に飛ばした時は、たいてい」
「えええ!泣いてたんですか?とんずらさんが?」
「ええ、まあ」
とんずらさんはKくんと走っているうちに、時々昔の自分に帰ったような気分になるのだという。
親友の息子であるKくんと共に走っているのだと確認するために、Kくんの後ろを走ってみる。
そのうちに、Kくんの背中にかつての親友の姿が重なって、涙が滝のように流れてくるのだ。
涙で前が見えなくなり、スピードを上げて風で涙を飛ばそうとした。
そして、感傷的になっている自分の気持ちも吹き飛ばそうとしたのだ。とんずらさんは、そう言った。
「そうなのね。ちょっと泣きそう」
目が潤んできた。
タイミングが良いのか悪いのか、マスターがみんなの前に頼んでいない料理を出した。黄色いご飯の上にエビや貝が乗っている。パエリアだ。
「わお、すごい!いつの間に料理しちゃったの?」
「まあな、なんか予感がしてさ、昨日から準備して開店前に仕込んでおいたんだ」
「さすがね」
「だろ」
「いや、実は昨日電話したんですよ。わたしが」
「明日はKくんの誕生日だから、この店で祝いたいと」
「なんだ、そういうことなのね」
「まあ、そんなとこさ」
「こういうのもあるんだぜ」
マスターが冷蔵庫から白い箱を出してきて持ち上げて見せた。有名なケーキ店の名前が見えた。
「あら、Kくん、寝てる?」
「ほんとだ」
「今日は無理させちゃいましたから。高速道路とはいえ、550kmほど走りましたからね」
壁のアンティークな時計の針は、午後9時を回ったところだ。Kくんが寝ているまま、3人の会話は静かに盛り上がっていた。
おわり つづく
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