「お、来たな」
「やあ」
「もう飽きられたのかと思ったよ。それとも金欠か?」
「やあ」
「もう飽きられたのかと思ったよ。それとも金欠か?」
「まあ、いろいろあってね」
「お、男でもできたか?」
「まあ、そんなところね」
「お、男でもできたか?」
「まあ、そんなところね」
嘘だとでも言うかのように、マスターは両手のひらを上にあげるジェスチャーをした。
私にとってはまんざら嘘ではない。愛車と過ごす時間は、この店に来ることを惜しむほど愛おしいのだ。
だけど、まだSRに乗って走ることができずにいた。そのことは、まだマスターにも話せない。
「何飲む?」
「そうね、何かきれいなカクテルでも飲みたい気分」
「そうね、何かきれいなカクテルでも飲みたい気分」
そう言って棚のボトルを見ていると、ふと一本のボトルに掛けらたネームプレートに目が留まった。五ひきの羊。なんて可愛らしい名前なのだろう。
そして、どんな由来があるのだろう。ボトルのラベルには、宮城狭という文字が見える。
「ねえ、そこの五ひきの羊さんて、どんな人?」
「あ、ひつじさん?そうだな、家族思いで愛妻家の好漢、そしてロマンチストって感じかな。たしか、あんたと同じくらいの年だと思うよ」
「ふーん。やっぱりバイク乗りなの?」
「ああ、そうさ、もちろん」
「ああ、そうさ、もちろん」
「五羊本田のCB190Xに乗ってたな。だから、5ひきの羊」
ごようほんだは、五羊本田と書くのだとマスターは教えてくれた。お隣の国で作られたHONDA車だそうだ。ちょっと手ごろな価格で人気があるらしい。
家族思いの羊さんは家計の負担を考えて、そのオートバイを選んだのだろうとマスターは言う。現役時代からHONDA車一筋だったそうだ。
サンライズサンセットラリー、SSTRへ参戦するために、リターンしたと言っていたとのこと。
「地元の人?」
「いや、関東人だよ」
「いや、関東人だよ」
「前から思ってたんだけど、このお店って他県からのお客さん多いわよね?」
「そうだな。言われてみれば」
「なぜ?」
「そうだな。言われてみれば」
「なぜ?」
「実はさ、SNSやってるんだよ、俺。そのつながりで来てくれる人が多いんだ」
「へえ、知らなかったわ」
「身近な人には教えてないんだよ」
「へえ、知らなかったわ」
「身近な人には教えてないんだよ」
SNSは身近な人には教えないほうがいい。本音を言える場所、あるいは違う自分になれる場所だから、なるべく日常からかけ離れていたほうが都合が良いのだとマスターは語る。
「SNSでつながって、気が合うやつってだんだんわかって来るだろ。そういう流れで、DMでこの店のことを知らせるんだ。東北に来たら寄って下さいってさ」
「ちゃんと宣伝してるってわけ?」
「違うよ!会いたいだろ、気の合うやつには。純粋にそういうことさ。来てくれたら、ちゃんとサービスしてるしさ」
「違うよ!会いたいだろ、気の合うやつには。純粋にそういうことさ。来てくれたら、ちゃんとサービスしてるしさ」
「その、羊さん、SSTRに参戦して何してきたと思う?」
「え、ちゃんとゴールして、夕陽を見てきたって話?」
「え、ちゃんとゴールして、夕陽を見てきたって話?」
「なんと、太平洋から砂を持ってって、ゴールした千里浜、つまり日本海の浜に撒いてきたんだよ。子供時代からの夢だったそうだ。すげーロマンチストだろ?」
「わお、男の人って永遠の夢見る少年ね」
「もしかして、あんたもやってるだろ?」
「え?何を?」
「え?何を?」
「SNSさ」
「あ、まあ、ね。なぜわかるのよ」
「前に言ってただろ?だいたいさ、仕事と自宅とこの店くらいだろ?あんたの居場所って」
「なによ、それ・・・当たってなくもないけど」
「なによ、それ・・・当たってなくもないけど」
ふと、ハマさんの家とSRの眠るガレージのことを言いそうになって、思いとどまった。なんとなく、まだマスターにも言いたくなかったのだ。
「沖縄で出会った時から、あんたのことはわかる気がするんだよ」
「え?そうなの?」
「え?そうなの?」
「そうさ。いや、なんとなく俺に似たところがある女だなって思ったからさ、直感的に。本音を言える場所って、SNSみたいなとこしかないんじゃないかと思ってさ」
なんだか、ムズムズとした居心地の良さなのか悪さなのかわからない、微妙な気持ちになる言葉だった。
言葉が途切れ、マスターは棚から3本ほどボトルを下ろすと、シェイカーに注ぎ、カクテルを作り始めた。
強めのカクテルに使う逆三角形のグラスが目の前に置かれ、シェイカーから美しい色の液体が注がれた。夕方の海の色とでも言うのだろうか、ブルーのようにも薄紫のようにも見える。
「何ていうカクテルなの?」
「そうだな、マジックアワーとでも名付けようか」
「今考えたの?」
「そうだな、マジックアワーとでも名付けようか」
「今考えたの?」
「そう、まったくのオリジナル」
「あらあら・・・でも、美味しいじゃない!」
「あらあら・・・でも、美味しいじゃない!」
お通しがやっと出てきた。シンプルな塩味の大粒のグリーンオリーブだ。
千里浜の夕陽を思い、沖縄の居酒屋での2人のぎこちないひと時を思い出し、酔いが早くも回ってきた。
「さて、ソーミンチャンプルーでも作るか?」
おわり つづきます
(おまけ)
Twitterでこのブログのことをストレートなお言葉で褒めて下さった五羊本田乗りさん、ありがとうございました。こうして続けられているのも、あのお言葉があったからかもしれません。
その後も、数名の方からありがたいご感想をいただき、お礼も兼ねて物語に登場していただこうと思い立ちました。次はあなたかもしれません、お楽しみに。
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