彼らの旅 私の旅 温泉旅行

店の前には、既に2人のガタイのいい男たちが震えながら待っていた。大柄に見えるのは着ぶくれしているせいもある。

まだ10時10分前だ。歩道には夕べ降っていた雪が残っている。

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「いえいえ、待つのが好きなんですよ、僕たち」

「いや、楽しみすぎてじっとしていられなかったんですよ。2人とも」

やはり、オヤジの中には中学生が入っている。遠足に出かける少年たちのようだ。

「旅は良いですね」

「まったくです。日常から離れた日々は楽しくて仕方がない」

「いや、日常が辛くて嫌なわけじゃないですよ。毎日それなりに充実してますから」

「それに、オートバイに乗らないとなると気がゆるんじゃいましてね」

いちおう、大人の会話は成り立ってはいるが。2人はそろって鼻水をすすりながら、少年のように目がキラキラしている。

10時ちょうどに、すすきのさんの友人が6人乗りの四輪駆動車でやってきた。後で聞いた話だが、車体の美しい赤い色はソウルレッドクリスタルメタルと言うそうだ。

「どこへ行きましょう?」

「地元のお2人のお勧めは?」

「そうですね、南から遠刈田、秋保、鳴子、そんなところでしょうか。あとは雪道だときつい場所にある秘湯になりますかね。カモシカさんはどこがお勧めですか?」

「作並温泉も近くて穴場ですけど・・・泉質が11種類もあるという鳴子温泉ですかね。遠くからいらした皆さんをお連れするなら」

というわけで、一行はバーから高速道路を使って1時間ちょっとの鳴子温泉郷へ向かった。

車内は終始かなり賑やかで、男も3人集まるとこういうものかとなかば呆れた。興味のある話題だけ耳に入れて、私はひとり車窓風景を楽しんだ。

いつだったか、1人旅で電車に乗っていた時、3人の初老のおじさんグループが乗り込んできた。それはもう賑やかで、笑い声と会話が止まることはなかった。

おじさんも3人集まると、そんじょそこらのおばさんグループより賑やかなことを、その時知ったのだった。

それはもう楽しそうだった。家庭では見せたことのない笑顔なのではないかと彼らを観察したものだった。

その時に目にした光景と、今乗っている車の中の光景が一致した。

泉質の異なる温泉を3~4ヶ所巡ろうと話がまとまった。まずは東鳴子温泉の黒湯。ただし、名物の黒湯は男性のみの湯船だから私は他の泉質の湯に浸かった。

一軒目の東鳴子温泉の宿を出てから、少し戻って蕎麦カフェで昼食を取った。

次に、鳴子温泉の白濁の湯、そして共同浴場の滝の湯。最後は中山平温泉のトロトロのお湯。

予定通り4ヶ所の湯を巡り、それらの温泉をすべて楽しんだ。留守番さんたちも、それらの温泉の特徴の違いに驚き、とても満足した様子だった。

しかし、昨夜の酒がたたったか、旅の疲れが出たのか、寒さのせいか、湯あたりなのか、すすきのさんとつわものさんが体調不良となった。

鳴子の温泉はほとんどが源泉かけ流しのため、成分が濃いのかもしれない。温泉に慣れていない彼らには、お湯が強すぎたのだろうか。

「もしよろしければ、皆さん鳴子に泊まられたらいかがですか?」

「カモシカさんはどうするんですか?」

「私は明日パートの仕事とバーがありますから、電車で帰ります」

「それは申し訳ない。車で送りますよ」

「いえいえ、せっかく休暇をお取りになっていることですし、3人でのんびりして下さい」

「そうですか。このお2人の蒼い顔を見ていると、それが正解のようですね」

「すまん、トナカイさん」

「私としたことが、夕べは飲みすぎました。すまんのぉ」

ということで、男3人は東鳴子温泉の素泊まり4000円の宿に落ち着くことになった。安宿とはいえ、もちろん温泉は源泉かけ流しだ。

急なことで食事は付かず、近所の八兆という焼肉店で食事をすると良いと宿の主に勧められたと言う。

部屋で3人並んで仮眠し、湯で暖まって体調の戻った彼らは、地元で評判の焼肉店の料理を堪能した。さすがに酒は控えて、ビールを少し飲んだだけだった。

宿に戻ってすぐ、布団に横になって朝まで10時間ほど眠ったらしい。朝風呂が格別だったと、後でつわものさんから聞いた。

ひとり電車に揺られ、外の雪景色を見ながら私は思い出した。彼らに質問するのを忘れていたことを。

なぜ、オートバイに乗り続けているのですか?

彼らは何と答えるのだろう。たぶん、初日にすすきのさんから聞いた答えと同じではないだろうか。そんな気がした。

明日こそ、つわものさんに聞いてみよう。

つづく

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