小牛田駅で乗り換えた電車に揺られながら、彼らのことを思い出していた。店番中の彼ら、温泉ドライブではしゃぐ彼ら。
ふと笑いがこぼれた。まったくもって憎めないやつらだ。普段は働きづめで家庭サービスもして、疲れたとも言わずに日々頑張っているお父さんたちなのかもしれない。
旅先で羽を伸ばすことくらい許してあげないと、と私は思うのだった。何ならもう一泊して、何もせずに温泉に入り、眠りたいだけ眠ってきてもらってもいい。
走り続けるだけが人生ではない、という言葉が頭に浮かんだ。
時にはオートバイも家族も仕事のことも何もかも忘れて、息をするだけでいい時間を持つことも大切なのではないか。
すすきのさんにメールをした。明日も泊ってきたらいかがでしょう?店は大丈夫。私にはタコウィンナーという得意料理があるのだから。
速攻返事が来た。今ふたりは寝てます。起きたら相談してお返事します。という内容だった。
駅に着いた。駅ビルでお弁当を買い、今夜は早めに寝ようと決めた。
翌日、早朝からパートへ行った。休憩時間にケイタイを見ると、マスターからショートメールが入っていた。
楽しくやってるか?突然だけど、今夜また1人留守番さんが店に行く予定だ。
峠の路面凍結と雪でオートバイは無理だから、予定より一日早く、仕事帰りに東京駅から新幹線でこちらに向かうとのことだった。
すすきのさんたちからの連絡は来ない。私はまたメールすることにした。
新しい留守番さん、今夜到着予定。ゆっくり遊んできていいよ!
すすきのさんから速攻、返事か来た。いま道の駅。食材を仕入れてます。夕方には店に到着します。
これで、留守番さんは3人になる。すすきのさんの友達を合わせると4人だ。もしかしたら、お客さんより多いかもしれない。
これはちょっと大変だ。大人数は苦手なのだ。お客さんならともかく、身内が増えるとなるとなんとなく気が重い。今夜も宴会なのか。
仕事帰り、バーへ直行した。店の前に1人の男性がいた。スマホを見ながら、身体を左右に揺らしている。雪かきされた道の端の雪はまだ解けず、気温もかなり低い。
お客さんだろうか。それにしてもまだ早い。午後5時前だ。無視するわけにもいかず、声をかけた。
「こんばんは」
「あ、こんばんは。もしかして、カ、カモシカさんですか?」
「あ、はい。そんなところですが」
「わたしは留守番ナンバースリーです。早く着いちゃいまして」
「え?ナンバースリー?・・・新幹線でいらした?」
「そうです、そうです」
急いでドアの鍵を開け、暖房のスイッチを入れた。ドアのそばの席に置いてある石油ストーブにも火を点けた。
「さあ、どうぞ、ストーブにあたって下さい」
「ありがとう。さすがに北の都の寒さは半端じゃないですね」
「オートバイで来なくて良かった」
「そうですね。かえってタイミングが良かったかもしれません」
「先に来ているお2人は遠くからオートバイで来られたとか?」
「そうなのですが、この雪でツーリングは中止です。昨日から温泉へドライブに行っています」
「いいですね。もう一日早く来ればよかったなあ」
「お仕事、早く終わられたのですね?」
「ええ、もう早くこちらに来たくてね。午前中に仕事をすべて終わらせて、半日年休とって来ちゃいました」
ここにも1人、オヤジの皮をかぶった中学生がいた。そして、ストーブの炎をチラチラと映してキラキラと目を輝かせている。
「あ、そうそう、ひとつ質問しても良いですか?」
「何でしょう?」
忘れる前に、最初に聞きたいことを聞いてしまおうと思った。あの質問だ。
「ナンバースリーさんは、なぜオートバイに乗っているのですか?」
「あ、そういう質問ですか・・・」
「まあ、単純に言うと、好きだから、でしょうね」
「なぜ、乗り続けているのですか?」
「そうですね・・・歌があるでしょう?男は誰もみな無口な兵士笑って死ねる人生それさえあればいい・・・知ってますか、この歌」
「ええ、知っています」
「これ、勝手に僕のテーマ曲にしてるんですよ。それが僕の理想の生き方なんです」
「ほう、なんか素敵」
「男はね、何かと闘ってないとモチベーションが上がらないんです。仕事でも趣味でもなんでも。僕の場合はSSTRが、それです」
「SSTRですか!?」
「闘う相手は自分自身でもいいんですよ。SSTRがまさにそれなんです。そして、男は誰もみなヒーローになりたい。カッコよく生きたいんですよ」
「なるほど。わかったような気がします。ヒーローさん」
これから彼をヒーローさんと呼ぶことにした。そして、彼のSSTR熱にスイッチが入った。
「SSTRの何がいいって、勝ち負けじゃないんです。自分自身との闘いなんですよ。だから、誰もが皆自分にとってのヒーローなんだ。たとえ夕日が沈んでも。また来年、また次の季節に挑戦すればいいんですから」
ヒーローさんのSSTR話は続く。目はさらにキラキラと輝き、オーラさえ出ているように見える。
私はそそくさとカウンターの中に入り、エプロンを付けた。開店まであと30分。まあ、いいか。コーヒー豆を挽いて、ヒーローさんと私のコーヒーを淹れることにした。
コーヒー豆を蒸らしていると、ドアが開いて賑やかな声が飛び込んできた。つわものさん、すすきのさん、そしてその友人。ご機嫌の様子だ。荷物も多い。
「ただいま帰りました」
「いやあ、いい旅ができましたよ」
「あ、いい香りですね。僕もコーヒー飲みたいなあ」
けっきょくコーヒーを追加で3人分淹れた。3人にヒーローさんを紹介すると、みなカウンターに座ってお互いの自己紹介、自分が乗っているオートバイなどについて話が盛り上がった。
すすきのさんは話しながらカウンターの中に入り、エプロンをつけると料理の準備を始めた。
私はカウンターの端に座り、コーヒーを飲んでいる。さっき聞いたヒーローさんの話を、他の3人にも聞かせたくてうずうずしていた。
しかし、男4人の会話の中に入るスキはどこにもなかった。
つづく
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