彼らの旅 私の旅 自分の居場所

ブルさんは2日間手伝ってくれて、天気予報を確認すると東北道で帰って行った。別れぎわに、今年のSSTRには参加する予定だと言っていた。

 

ギター弾きさんは今日もまた店の奥でギターを弾いている。店にいる間、新曲が2曲できたそうだ。弾き語りは店の客にも好評で、マスターが帰ってきてからも続けてほしいという客もいた。

 

マカロニグラタンも好評だった。あっという間に限定数が売り切れてしまった。仕方がないので、材料を補充して10食分作ってみた。

 

味見をしたら何かが違っていたが、不味くはない。トッピングに、マスターが大好きな赤いタコウィンナーを乗せよう。

 

お通しはミニトマトとミニモッツァレラチーズのカプレーゼにした。ここ数日は、平日なのに客がコンスタントに1日10組程度入っている。

 

店の前にもれるギターの音に惹かれて入ってくる客も、少なからずいたようだ。

 

ギターを置いてカウンターの中に入ると、ギター弾きさんは毎日の日課になっているコーヒーを淹れる。開店1時間前だ。

 

彼の淹れたコーヒーはたしかに美味しい。自分で淹れるコーヒーと何がどう違うのかわからないが、何かがたしかに違っていた。

 

ドアが開いて1人の、これまた年齢不詳の男が入ってきた。手にはオフロードのフルフェイスヘルメットを持っている。鼻水をぬぐいながら、かなり寒そうな様子で足踏みしている。

 

「こんばんは。手伝いに来たんですが、トイレ借りていいですか?」

「え?ああ、どうぞどうぞ。あちらです」

 

「マスターったら連絡くれてない」

「あ、ごめんごめん。夕べ電話があったんですが、伝えるのすっかり忘れてました」

 

ギター弾きさんは、夕べの忙しい時間帯に電話に出て、それきり忘れていたらしい。マスターからの電話で、今日1人手伝いが到着するという連絡だったそうだ。

 

「到着早々、失礼しました」

「いえいえ、よくあることです。まあ、座ってコーヒーでも飲みましょう」

 

「今日はどちらから?」

「ええ、須賀川からです」

 

「昨日、東京から出発したんですけど、あまりにも寒くて途中の道沿いにあった温泉マークに惹かれて宿に入っちゃいました。一泊して、チェックアウトぎりぎりまで寝てました」

 

「早朝だと路面の凍結があるから、それは正解だったと思うわ」

「そうですね。道の両脇には大量の雪があるところもありましたが、路面はほぼ乾いてました」

 

「あなたもマスターとSNS繋がりなのですか?」

「ええ、そんなところです」

 

「SNSのお名前をうかがっても良いですか?」

「ササ、です」

「え?笹?」

「ええ、笹かまぼこのササです」

 

「変わったお名前ね」

「そうでしょう。僕がたった1度バイクを降りる決心をしたのが、笹薮の中だったのです。膝が割れました。その時の教訓のつもりでササと名乗ってます」

 

美味しいコーヒーを飲みながら、ササさんにもいつもの質問を投げかけた。なぜ、オートバイに乗っているのか。

 

彼は答えた。子供の頃から自転車が大好きで毎日乗っていた。自転車でいろいろなところへ走って行き、居心地の良い場所を探すのが僕の存在意義だったのだと。

 

公園の芝生、ブランコの上、空き地のアスファルト、川の堤防、河川敷、小高い丘の上や海の砂浜。いろんな場所に行ってみた。

 

成長して、もっと遠くへ行ってみたらどうだろうと考えた。そのとき、オートバイに乗ることを思いついたのだそうだ。

 

「僕はいつも、自分の居場所を探していたんです。それは今でも続いています」

 

「そうですか。なんかわかるような気がする」

「ロマンティストですね、ササさん。それ、いただいちゃおうかな」

 

ギター弾きさんは、エプロンをはずして奥の席へもどり、ギターを手に取った。

 

 

つづく

 

 

 

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