彼らの旅 私の旅 走るために生まれたものが・・・

「なんか、マスター、鼻声だったけど風邪ひいたのかしらね」

「まあ、暖かいって言ってもまだ沖縄も冬だからね。油断したんじゃないかな」

明日はヒーローさんが帰る日だ。ミリオンさんも帰ってしまう。また寂しくなる。

2人とも新幹線移動ということで、一緒に帰ることにしたそうだ。日ごろは単独でオートバイに乗っている彼らも、案外人と一緒の行動を嫌がらない。むしろ楽しそうでもある。

「カモシカさん、何ですか?そのため息は」

ギター弾きさんが、宴の終わりにコーヒーを淹れてくれている。コーヒーに関してはプロ並みなのだと自慢しながら。

「僕がいるじゃないですか。明後日は僕が頑張りますよ」

「ええ、お願いしますね」

「楽しいひと時でした。今度はバイクで来たいですね」

「ええ、私も」

ほろ酔いのヒーローさんとミリオンさんは、ご機嫌そうな表情で、心からそう思っている様子だった。

「そういえば、来週また1人留守番が来るようなこと、マスター言ってませんでしたか?」

「特に何も」

「SNSだと、来週は僕とSSTRつながりのライダーが1人来るとか来ないとか」

「そうなんですか?実は、マスターったら、鼻水すすってて何言ってるのか聞き取れなくて、適当に返事しちゃってたんです、わたし」

「帰ったら、ミミガーとソーミーチャンプルーで泡盛飲むぞ、って言ってたのはわかったんだけど」

「酔ってたのかな?」

翌日は快晴だった。路面の雪もほぼ融けたらしい。午前10時すぎの新幹線駅改札で、2人を見送った。牛タン弁当を2つ買って彼らに渡した。フェリーの見送りほどではないが、やはり寂しい。

彼らはほんの数時間もあればバーに来ることができるから、またいつか会えるだろうけれど。そうだ、ミリオンさんはボトルもキープしているのだ。確実にまた会えるだろう。

ギター弾きさんは見送りには来ず、ゆっくり起きて街を徘徊してくると言っていた。コーヒー豆と、コーヒーに合うスイーツを仕入れてくるらしい。音楽関係の施設や店も見てくるようだ。

私は1人になった。ガレージにでも行こうか。

ガレージのSRもどことなく寂しげに見えた。走るために生まれたものが走らずにいることは生きている意味がない、そんなことを私に告げているようにも思えた。少し自分を責めた。

もうすぐ春だ。走り出す日はいつにしよう。桜の開花まで待つのは長すぎる。しかし、この街の春は寒すぎるのだ。

ストーブを点けようとしていると、メールの着信音が鳴った。マスターからだ。来週、また1人行くよ。それだけだった。

月曜日、パートから帰り、バーへ行く。ドアの鍵を開けて看板を用意していると、間もなくギター弾きさんが大きなトートバッグを抱えてやってきた。

ギター弾きさんの後ろから、1人の細身の男が入ってきた。ヘルメットを持っている。若いのかそうではないのか、まったくわからない。

「今着いたばかりだそうだよ。バイクですよ!関東からだって」

「留守番に来ました」

「今度こそ、ナンバーファイブだね?」

テンションの高いギター弾きさんが、トートバッグからエプロンを取り出しながら言った。

「雪でどうなるかと思ったんですが、常磐道を走ってきたので、ほとんど雪の影響はありませんでした」

「でも寒かったでしょう?」

「ええ、すごく寒かったですけど、たった5~6時間くらいですから。とはいえ、老体には辛いですね」

「店番の前に温泉にでも入ってきていただきたい感じだわ。さあさあ、ストーブのそばに座って下さい」

「ええ、温泉は明日の日中に行く予定です。山沿いは雪が残ってますかね?」

「秋保温泉くらいなら行けるかなぁ。少なくとも道路には雪が無いと思うのですが」

「SSTRの常連さんだとか?」

「いえいえ、仲間と一緒に気が向いたら参加する程度ですよ」

今までの留守番さんたちとはまた違った雰囲気のライダーだった。物静かな落ち着きがある。自然な笑顔にホッとする。

「コーヒーにしましょう」

「あ、いいですね。お願いします」

「カズノリイケダのケーキも買ってきましたよ。一度食べてみたかったんで」

開店まで1時間。留守番3人の、ほっこりしたコーヒータイムだ。先週の賑やかな盛り上がりも懐かしいが、静かで落ち着いたこの空気感もわるくない。

そう思っていると、ギター弾きさんが店の奥でギターを構えた。またあの曲だろうか。失恋レストラン・・・

そうではなかった。あのワインディングロードを思い出させるオリジナルの曲から、海岸沿いをひた走るようなテンポの良い曲が続いた。声のトーンも控えめで、BGMにはうってつけだった。

「SNSのお名前はなんとおっしゃるのですか?もしかしてこの店にボトルあります?」

「いえ、実はこのバーに来るのは初めてで。マスターにもお会いしたことがないんです」

「SNSでは、ブルと名乗ってます」

「ブルさんね」

「ブルさんは、なぜバイクに乗り始めたのですか?」

「え?そういうの、特に考えたことなかったですね。なんでだろう?覚えてないですね」

「では、質問変えますね。なぜ乗り続けてるんですか?」

「うーん、住んでるところが交通の便が不便だからっていうのと、バイクだと気分良く移動できるのと、老化防止のためですかね」

「え?バイクって老化防止になるんですか?」

「そうですよ。科学的な研究でも実証されてます」

「そうそう、こちらの地元の大学教授とYAMAHAが研究したんですよ」

「そうなんですか!」

「ちょっと待ってください、いまスマホで見てみますから。あったあった、ヤマハ発動機と東北大学の川島隆太教授の研究で、二輪車乗車と脳の活性化の関係についての研究、だそうです」

「へえ、真面目な研究なのね」

「東北大はなにげにすごいですよ。いろんな研究やってて」

ドアが開いた、いつもの3人組だ。今夜もタコウィンナーの大盛りでいいのかな?今夜はつまみを作る人がいない。食材は先週までの残りしかない。

なので、看板にはタコウィンナーと、限定5食のマカロニグラタン、ガーリックトーストとしか書いていない。マカロニグラタンは、多めに作ったヒーローさんが冷凍していってくれたのだ。

お通しはミックスナッツだ。カウンターの中に入り、3人分のお通しの準備をする。

「さすがにメニュー、少なすぎるかしら・・・」

「僕、料理得意ですよ」

「え?そうなんですか?」

思いもよらず、ブルさんが言った。ストーブのそばから立ち上がると、失礼、と言って調理台の前の冷蔵庫を開けた。

ギター弾きさんは、いい具合のトーンで演奏を続けている。

「ナポリタンと海鮮焼きそばくらいは作れそうですよ!」

「わお、なんて素敵なんでしょう」

オートバイ乗りが料理好きなのか、たまたまそういうメンバーを選りすぐったのか。さっそく、看板にナポリタンと海鮮焼きそばを書き足した。

今夜もバーには、暖かい空気がゆったりと流れている。

つづく

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