マスターは久米島で思ったことを、簡潔に私たちに教えてくれた。
「生きてて良かったっすね」と1人が言った。
「ほんとほんと、いまは可愛い息子もいるし」ともう1人が言った。
「そう、そう、その通り。鹿児島港に着いてから広島に向かって走ってる時、ずっと息子のことばかり考えちゃってさ。早く帰って息子に会いたいってばかり考えてた」
「夕べは奥さんとお子さん、家に戻ってたの?」
「いや、まだだ。明日戻ると連絡があった。家の中片付けとかないとな」
「そうだ、俺の留守中にW650に乗ったオートバイ乗りが来なかったか?」
「え?来てないと思うけど。お客さん?留守番さん?」
「いや、名古屋から大阪に向かう途中の大津サービスエリアで出会って、話が盛り上がったんだ。そのうち東北へ仕事で行く予定だって言ってたからさ、ついでがあったらバーに寄ってってくださいって言っといたんだ」
「口数の少ない男でさ、革ジャンカッコ良く着こなしてバイクの雰囲気に良く似合ってた。カモシカくんの好きなバイクだろ?W650。片岡義男の小説に出てくるタイプ」
「ぜひお会いしたい。というかW650を間近で見てみたいわ。とんずらさんとK君のWもじっくり見てないし」
「バイク乗りばかり集まる店だって言ったから、そのうちバイクで来るかもな。雪が消えたら行きますって言ってたような気がするし。房総半島のどこかに住んでるって言ってたからそのうち来るだろう」
「W650に乗ってる人は、だいたい若い頃に片岡義男の小説にはまった人が多いかもしれませんね」
「このカモシカくんもその一人だよ。乗ってたのはなぜかオフ車だけどな」
「幸せは白いTシャツ、彼のオートバイ彼女の島、何度読んでも感動と共感が消えないのよ。片岡義男は神だわ。少なくともオートバイ乗りにとっては」
「そうですね、彼ほどオートバイ乗りとオートバイのことを文字で表現しきった作家はいないんじゃないでしょうか」
「そうそう、帰りのフェリーではハーレー乗りと出会ったよ。フォーティエイトって言ってたな。東京から名古屋に仕事で行ってて、次はこっちに来てるらしい。ミュージシャンだとか言ってたな」
「フェリーはいろんな出会いがありますからね」
「ほんと。私なんて出会って失敗しちゃったし」
「あ、それ知ってる」
「え?なんで、ギター弾きさんが知ってるのよ」
「ヨンパチさんと色々話したんだけど、ほとんど俺、船の中では寝ちゃってたからさ、良く覚えてないんだ。お互いの息子の話ばっかしてたな。外に出ると息子のことばかり考えてしまうって彼も言ってた」
「近いうちに店に寄ってくれるかもな。いいバイクだったよ、精悍で。乗り手もまたカッコいい男だった」
「ハーレーいいっすね。見たいなあ」
「ハーレー乗りってなんでスカッとした男が多いんすかね」
「スカッとした男だからハーレーに乗るんじゃないの?」
みんな酔いがまわってきて、わけのわからない様々な話題が飛び交った。1人はカウンターで居眠りしているし、マスターは話しながらも眠そうだ。
「そろそろお開きにしましょうか?」
わたしは言った。
楽しい夜だった。
わたしの店番も、ようやく終わった。
つづく
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