彼らの旅 私の旅 新たなる旅立ち

約2週間のbarの留守番を終え、心にぽっかり穴が開いたような気がした。

 

旅をするオートバイ乗りたちを迎え、ひと時を共にバーで留守番として過ごした。そして彼らを見送った。

 

パート仕事との掛け持ちで疲れていたが、私も旅に出たくなった。パートの有給を取って1泊2日で旅をすることにした。

 

雪の峠を越えて、高速バスは日本海側の街へ無事到着した。

旅の間、自分はどうしたいのか考えようと思った。

 

峠の雪を見ながら、このままではバイクに乗って楽しい日々を送ることはできないような気がした。

 

怖いのだ、たぶん。技量が足りないのかもしれない。自信も無いのだ。

過去の感覚を取り戻すためには、まだまだ時間がかかるのだろう。

 

力も体力も衰えている。無理をしても楽しめない。そして私にはそれほど残された時間は無い。

何かを待っていたら、どんどん不可能なことが増えていくばかりに思えた。

 

白波の立つ荒れた日本海を見下ろす温泉に浸かりながら、一つの決断をした。

地元のおばさんたちがお茶を飲みながら歓談している。私も無料のお茶をいただきながら、北海道のハマさんにメールをした。

 

 お願いがあります

 今夜電話しても良いですか?

 

休憩室の大きな窓の向こうには吹雪の合間に鳥海山が見え隠れしていた。お茶を飲み干し、もう1人にメールした。

 

 ちょっとお話があります

 ・・・・・・・・

 この提案、いかがですか?

 

 

「こんばんは」

「おー。おれの故郷はどうだった?」

 

「あ、そう言えば、マスターの故郷だったわね秋田」

「そうだよ」

 

ガレージに眠ったままのSR400を、私はソーダ水の君に譲ることに決めた。メールでこの提案を伝えたら、彼女は飛び上がって喜んでいたようだ。

 

ハマさんは、少し沈黙した後、あなたがそう決断したのなら仕方がありません。

あなたに乗ってほしかったが、素敵な若い女性に乗ってもらえるならそれも良いでしょう、そう言ってくれた。

 

もう季節は春だ。SRも外に走り出したいに違いない。

 

ソーダ水の君は、今週、普通二輪免許の卒研だと言っていた。若い彼女なら、すぐにSR400に慣れることができるだろう。

 

「あら、これは何?」

「伊勢海老のチーズ焼き」

「すごい贅沢。これお通しなの?」

 

「まさか、留守番のご褒美だよ。旅の途中で出会ったオートバイ乗りがエビを送ってくれたんだ」

「すごい美味しい!」

 

名古屋で味噌カツを食べた店の駐車場で出会ったライダーだそうだ。全国をくまなく旅をしてきたが、コロナで中断していた。

 

「そのうち来るんじゃないかな」

「イセエビさん?」

 

「そう。GWに東北ツーリングを計画中だって言ってたからさ」

「そうなのね。フェリーかしら?」

 

「いや、たぶん自走だろう。長距離にはかなり慣れてるらしいから。年はカモシカくんと同じくらいだと思うけど、タフな人だよ」

 

「1つ報告があるの」

「なんだ?いよいよご結婚ですか?」

 

「なによそれ。手放すのよ、SRを」

「え?バイク辞めるのか?」

 

「まさか。いろいろ考えて、最善の選択をしたのよ」

「何だよ、最善の策って」

 

「策じゃなくて・・・小さいバイクを買うの」

「SRはどうするんだよ」

 

「SRはソーダ水の君が乗ることになったの。私は初恋のKAWASAKIさん」

「何?ダブルか?」

 

「ううん、250TRっていう、ちょっとレトロなバイクよ」

「カワサキは男っぽいだろ、どっちかって言うと」

 

「それがね、考えを変えて、基本に戻って小型で練習したらどうかと思って探したの。そうしたら、軽そうでオフ車っぽい250TRをみつけたのよ」

 

「そうだな、中国のウーヤンとか手ごろなバイクもあるだろ」

 

「もう中古しかないんだけど。精悍さをちょっぴり残してるけど、とても可愛いの。ほぼ一目惚れね 

 

「そうか。なんか残念な気がするけどな。SRが良く似合ってたから。でもまあ、これが最後ってわけじゃないしな」

「ええ、そうだといいわね」

 

ハマさんはガレージを引き続き使ってもいいと言ってくれた。SRはソーダ水の君が自宅へ持って行く予定だ。

 

明日は、SRに別れを告げに行こう。家中の窓を開け放ち、ガレージのシャッターを全開にして、SRの埃を払ってバッテリーを取り付けよう。

 

もう、春が来たのだ。急がないと桜が咲いてしまう。

 

 

つづく かな?

 

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