
「おー、来たな」
「おー、来たわよ」
「で、どうなのさ、250TRの調子は」
「金ちゃんは、すこぶる快調よ」
「それはなにより」
「いっちょまえにフューエルインジェクションだから、エンジンスタートも楽ちんだし、エンストの心配も少ないの」
一目惚れしてから250TRを扱っている店舗へ出向き、ローンなどの相談をした。年齢的にも収入的にも難しい問題があったが、なんとか乗り切った。
交通量の多い道が多いため、店舗からハマさんのガレージまでは、輸送してもらった。
私は躊躇うことなく、次の休日にさっそくエンジンをスタートさせた。1時間くらい、自分自身の慣らしのために近場を走った。
最初は車体に慣れずに躊躇ったが、慣れてくると力みも無くなり快適に走れるようになった。気分的にも身体的にも無理というものが無いような気がした。
車高は思ったより低かったが、膝の曲がりもさほど気にならない。重量は軽い。とはいえ、先日倒して起こせなかったセローより30kgほど重いのだが。
立ちごけなどの心配からガエルネのブーツを履いてみたが、このバイクに似合っているのかどうかは不明だ。一度写真に撮ってもらおう。
「週に2回は走ってるの。近場をグルグルって感じで」
「ほう、それで慣れたのか?」
「けっこう慣れてきた。勘も戻ってきた感じ」
「なんとか桜に間に合ったな」
「ええ、ほんと良かったわ。どこへお花見に行こうかしら」
マスターは、嬉しそうに微笑んでいる。あんな穏やかな顔はめったに見ない。
ドアが開いた。
「こんばんは」
「あ、ソーダ水の君。どお?SRの調子は」
「ええ、まだ慣れなくて。一度立ちごけしちゃいました」
「そうなのね。怪我は無かった?」
「ええ、皆さんのアドバイスのおかげでロングブーツを履いていたので大丈夫でした」
「それは良かった」
「でも、すごい素敵なバイクですね。見れば見るほど、乗れば乗るほど好きになっちゃう」
「そりゃ、やばいな」
「え?なにがやばいのよ」
「バイクに惚れたら婚期が遅れる」
「ふーん、そうなの?」
「いいんです。それでも。毎日がキラキラしてて、すごい幸せなので」
ソーダ水の君は、以前とは明らかに違って迷いの無いすっきりとした笑顔でそこにいた。
2人の女を見比べていたマスターも、いい笑顔だった。
「さて、何飲む?君はソーダ水かな」
「ええ、アイスクリームを乗せて下さい」
「私は、そうね、ビールかな。あと、ナポリタン。お腹が空いてるの」
「あ、私もナポリタン!」
なんて幸せな空気が流れているのだろう。すべてが順調に進んでいる。
「もうすぐ、とんずらさんとK君が北上してくるよ」
「そうなの?!」
「ああ、桜の開花を追いかけて移動中なんだ。羨ましいことに」
「そして、初夏には北海道へ渡るらしい」
「素敵ね」
「俺も行こうかと思ってるんだ」
「マスターったら、また行くの?」
「いいだろう?毎日頑張ってるんだし。それに、カモシカくんという留守番がいるから安心だ」
「え?今度こそ私も行こうかしら」
「私も行きたい」
次の目標が生まれた。
つづく
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