「おー、いらっしゃい、来たね」
「ねえ、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
「なにが、どうしようだよ」
「だって、あと3週間もしたら北海道ツーリングじゃない」
「そうだけど、なにがどうしたって?」
「荷物も心の準備もまだできてないし、ひっさびさのロンツーだし、初めての北海道ツーリングだし」
「だから、こないだも言ったっしょ。小ぶりのボストンバッグと小ぶりのリュックでこの街から沖縄まで10日間の旅をしたお方が何を今さら」
「だって、あれはもう???何十年前だっけ」
「何年経ったって同じだろ、基本は変わってないって」
「そうかなぁ・・・」
「ほら、見てみろよ、ソーダ水ちゃんなんて落ち着き払ってるから」
「マスター、ひどい、私だって内心ドキドキなんですよ、これでも。ロングツーリング初めてですし」
「ああ、でもそうかもね。知らない方が怖いものはあんまり無いかもね。知れば知るほど怖いものが増えていくのよ。それが大人ってやつなのよね」
「まあな、そうかもな。俺もコーナーでバイク寝かせるの、最低限しかしなくなったし」
「あの頃は午後遅くでも知らない林道にどんどん入り込んで行ったけど、今は林道に入ることすら避けたいわ」
「あ、それで思い出したけど、こないだの留守番さんたちの一人がさ、カモシカさんてすごいですねって言ってたぜ」
「え?なにが?だれが?」
「まあ、名前は伏せとくとして、カモシカくんは3代前の総理の名前も言えないし、世の中の常識みたいなこと全く知らなそうなのに、なんかすごいんですよねってさ」
「え???それって非国民とか人否人とか、そういうこと?」
「まあな、そうとも言えるけど、まあ最後まで聞けよ」
「中身中2って自分でも言ってるけど、世間を知らない、興味を持たないからこそ縛られない価値観みたいなものを持っているみたいだって」
「あと、ここからが素晴らしいんだけどさ、地位や名誉や知名度とか学歴とかで人を見ない、独自の目線で人を見ているみたいだって」
「ふーん、そうかなぁ」
「俺もほぼ同意だけどね。そんなにカモシカくんのこと知ってるわけじゃないけど」
「私は最初から分かってましたよ!カモシカさんて、なんか普通じゃないって」
「え?ソーダ水くん、褒めてるのかそうじゃないのかわからない言い方」
ソーダ水の君は否定することもせず、ただ爽やかにゲラゲラと笑い続けた。
「あ、そうそう、また1人参加者が決定したよ」
「え?だれだれ?」
「毎年初夏に北海道に行ってるすすきのさんが、予定を少し早めて俺たちの旅に参加するってさ」
「わお、素敵。また会えるのね」
「ああ、旅の最初にすすきのに寄るか、旅の最後にするかでかなり悩んでたけどな」
「相変わらずなのね、すすきのさんたら」
「なんだかんだで、全員集まったら最高でしょうね。行かないと思っていた人までひょっこり来ちゃったりして」
「そうだな、そうなったら素敵だな」
カウンターの隅で、ソーダ水の君が薄っすらと微笑して、宙を見つめていた。
目の前に適当に出された冷えたビールを飲んだ。それはとても美味かった。飲みながら、頭の中に北海道のキャンプ場に集まる面々の顔が思い浮かんだ。
今夜のお通しは、ちくわキュウリにわさび醤油。北海道の旅はもうすぐだ。
つづく
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