「また来ちゃった。落ち着かなくて」
「うちはちょっとでも儲かれば助かるけどさ、カモシカくんお小遣い無くなるんじゃないの?」
「そうなのよねぇ。でもうちにいると落ち着かなくて。ソワソワしちゃってどうにもならないのよ」
「もうさあ、家で寝袋にでも寝ちゃえば?」
「もうやってる」
「まじかよ」
「冗談はこれくらいにして。話があるの」
「なんだよ改まって。で、何飲む?」
「一番安いやつ」
「そらきた。じゃ今夜は俺のおごりでコークハイどおよ」
「お、今の気分に合う。さすがマスター。あとナポリタンも。お金払うし」
「で、話って何さ」
「あのね、私のSNS繋がりの女子ライダー2人が、北海道ツーリング中にバーの留守番したいって」
「お、そうなの?」
「うん。前回の話を知って、知らない街でバーの留守番って、なんかいいですねーって言ってたから、チラッと聞いてみたの。やってみる気ある?って」
「日中は彼女たちの念願の東北の道をツーリングして、夜はバーで留守番。お宿はハマさんちをお借りすることになりそう」
「へえ、もう話が進んでるんじゃん」
「まだ妄想状態よ、なんたってバーはマスターのものだし。すべての権限はマスターにあるんだから」
「いいよ。女子ならなおさら」
「そお?じゃあさっそく連絡してみるわ」
2人とも四国に住んでいる女性ライダーだ。1人は母親の故郷が東北にある。1人はいつか東北を走ってみたいと夢見ている酒好きな女性だ。
SNSネームは、あんこさんとゆっくりさん。名前から想像しただけで、人の良さが滲み出てくるようだ。同じ四国在住だが、2人はまだ面識が無い。SNSで繋がっているだけだ。
実は、ハマさんにはもううっすらと話を通してある。たまに人に住んでもらったほうが、家も傷まなくて済むから大歓迎だと言ってくれた。
彼女たち2人は仕事をもっている。今夜中に知らせて、大急ぎで有給を申請してもらわないといけない。
ナポリタンを平らげたら、すぐに家に帰ってパソコンから連絡しよう。私はまだスマートフォンを持っていないから。北海道の旅をきっかけに買おうと思ったのだが、やはり欲しいと思えないのだ。
だからツーリングマップル北海道版を買った。北海道全体の大判のプリントも用意した。写真はデジカメがあるし、電話連絡ならガラケーで十分だ。
「さすがに夜だからさ、浜のドラネコさんに声かけてみるか」
「ああ、彼なら頼もしいわね。2人の女子のボディーガードとして。硬いし、義理人情厚そうだし、強面で変な客に絡まれることも無さそうだわ」
つまみの材料もドラネコさんが調達してくれるだろうとのことだ。雨が降ったら、彼女たちはツーリングを諦めて街を歩いて朝市で買い物をすることもできる。
牛タンを食べたり、ずんだ餅を食べてみたり、街をぶらぶらする日があっても良いかもしれない。知らない街を歩くだけで、旅の気分になれるものだから。
「よーし、いろいろと整ってきたな。いよいよ北海道か」
「そうよ、北海道よ。ワクワクするわね~」
「こんばんは。何か楽しそうな空気が流れてますな」
「あ、いらっしゃい、助っ人さん」
「なんかいいことあったんすか?」
「もうすぐ北海道ツーリングへ行くんです。みんなで」
「お、いいですね。という自分も来週行くんですけどね。奇遇だなあ」
「そうなんですか⁉あと2週間ずらしてもらえば、キャンプ場で会えたのに」
「何です?そのキャンプ場って」
「みんなでたった1日か2日集まろうって計画なんですよ」
助っ人さんに、北海道での計画をざっと話した。本気で旅の計画を変更したそうだったが、休暇の予定とフェリーや宿の予約の変更が面倒だからと予定通り決行することになった。
「羨ましいですね。そんな旅、自分もしてみたいです」
「まあ、集合の日までずっといてもらっていいんですよ、北海道に」
そんな話題がずっと続いた。私はナポリタンを平らげ、2杯目のコークハイを飲み干して、席を立った。
「ご馳走さま。2人の留守番さんに連絡したいから、お先に帰ります」
「おお、2人の美女によろしく伝えてよ」
「何です?美女2人って」
「今度の留守番さんたちですよ。俺たちが北海道に行ってる間、この店に居てくれる」
「お、そうなんですね。それは、ぜひ来ないと。かえって日程ずれててラッキーだったかも」
「まあ、ご贔屓にして下さい」
さっそく、2人の女性に連絡した。2人とも大喜びで返事をくれた。着々と旅の準備が整っていく。
つづく
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