「うわー興奮するわね」
「ワクワクが止まらねーってやつだな」
「ドキドキして心臓が口から出ちゃいそうです~」
皆いい笑顔だ。フェリー埠頭には、マスターとソーダ水の君と私の3人がいる。出港2時間30分前だ。
KAWASAKI GPz900R、YAMAHA SR400、KAWASAKI 250TR、統一感の無いオートバイが私たちの傍らに綺麗に並んでいる。赤、モスグリーン、ゴールド、色もまた美しい。
(※「私」のオートバイはKAWASAKI175でしたが、ここから250TRに変更します。過去記事も変更しておきます)
埠頭には私たちの他に10台ほどのオートバイが並んでいる。みな大きめの荷物を積んで、旅の様相だ。そこへ、もう一台やってきた。
「ねえ、あのオートバイのホイール、綺麗な色ね」
「ああ、あの色はバーミリオンだな」
オートバイはこちらへゆっくり近づいてきた。YAMAHA MT-07だ。
「あれ、もしかしてベイベーさんじゃない?」
「おお、ほんとだ。ミリオンさんじゃん!」
ミリオンダラーベイベーさんは、私たちのオートバイの隣にきれいに並んでとまった。
「こんにちは~来ちゃいましたよ」
「びっくりしましたよ~でもすげー嬉しいです」
「けっきょく私たち3人と、現地で会う予定のすすきのさんしか決定してなくて、ちょっと寂しい気持ちもあったんです」
「もう日にちが迫るにつれ落ち着かなくなってきちゃいまして、仕事も手につかなくてね」
「そうなんですか」
「ええ、それで思い切って1週間前に年休申請したんですよ。意外にすんなり通りました。入院したと思えば、10日間なんて楽勝なんです。まあ、保険金出ませんけどね。幸いフェリーも予約が取れたんで」
「わお、10日間も!俺らより長旅になりますね」
「ええ、この際だから思い切り走ってきますよ。妻には仲間と一緒だから心配ないと言ってあります。基本単独行動とは言ってないんです(笑)」
「体調は大丈夫なんですか?」
私はつい余計な心配を口に出してしまった。
「ええ、本当はあまり芳しくないんです。でも、この機会を逃したらなんか本当にダメになりそうな気がしちゃって。きっと後悔するだろうなとも思いましてね」
「なんか楽しいですね。こうして一緒に旅ができるなんて。楽しいのに涙出ちゃいそうです」
「ソーダ水ちゃん、感動するのまだ早いって」
ソーダ水の君は本当に潤んだ目をぬぐっている。つられて私も涙が滲んだ。なんとかごまかそうと、私は言った。
「ねえ、今夜の食事は?フェリーのバイキング?」
「そうだな、それしかないだろう。出航が19時40分で受け付けは90分前まででそれから乗船開始だから、今から受け付けしたとしてけっこうぎりぎりなんだよな。外に飯食いに行くのはまあ、無理ってもんだ」
「バイキング、楽しみです~!」
「今夜はみんなでワイワイいただくのかしら」
「いや、バラバラでもいいんだぜ」
「そんなぁ、それはちょっと寂しいですぅ」
「俺、飯食わないで寝ちゃうかもしんないし」
「自分はカップ麺でもいいかと。小遣い少ないもんで」
「えええ~寂しいじゃない。旅の始まりを祝って軽く乾杯くらいしましょうよ」
「まあ、そうだな。たしか、きたかみは生ビール以外のアルコールは自販機のはずだけど」
「なんでもいいじゃない。乾杯してから寝ましょうよ」
「わかったわかった。先が思いやられるよ」
「明日から別行動じゃないですか、そんなこと言わないでくださいよぉ」
「私とソーダ水ちゃんはハマさんに会いに行って、明後日からソロになるのね」
「いまからドキドキなんですけど・・・」
「大丈夫、1日一緒に走ったら一人になりたくなるでしょうから」
いよいよ乗船が始まったらしい。周囲のライダーたちはヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをスタートさせている。
私たちも会話を中断して身支度を済ませ、バイクにまたがった。
そこへ、美しい赤い車が近づいてきた。あの色はソウルレッド・プレミアム・メタリックだ。ドライバーが窓を開けて何か言っている。
「あ、ソウルレッドさんじゃない?」
「そうだな、ソウルレッドさんだ」
「見送りに来ましたよー!皆さん、いってらっしゃーい!」
ソウルレッドさんは車から降りると、私たちの近くには来ず、離れた場所から手を振っている。ソウルレッドさんは、留守番隊の1人、ヒーローさんの友達だ。
私たちはヘルメットを取らず、バイクから降りることもせず、ソウルレッドさんに手を振って、口々に叫びながら船の乗船口へと向かった。
「行ってきまーす!」
「楽しんできまーす!」
船内の指定のデッキに誘導され、バイクをロープでがっちり固定する手際のよい作業を見ながら、荷物を下ろし、客室のある階層に移動した。
全員がC寝台だ。それぞれの客室に向かい、夕飯時間にレストランで待ち合わせをした。しかし、気が付くと出航時間直前には全員甲板に出て、出港を見守っていた。
眼下の岸壁には鮮やかな赤色の車がひときわ目を引き、傍らでソウルレッドさんが大きく両腕を振っていた。
汽笛が長く2度鳴った。出航の合図だ。
「なんか、また泣けてきちゃいそう。感動するわぁ」
「ソーダ水ちゃん、うつるからやめて~」
マスターとミリオンさんは、妙にしみじみとした表情で、無言で手を振り続けていた。
これが、旅というものなのか。何十年ぶりかの旅に、私の心も躍動していた。
蔵王連峰から奥羽山脈へと続く稜線が微かにオレンジ色に染まっていた。
悲しさではない涙が一粒、目じりから風に飛ばされて飛んで行った。
「行ってきます。素晴らしい旅をありがとうございます」
私は心の中で、見えない存在に呟いた。もう、旅は始まっている。
つづく
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