
「ああ、頭痛くなってきた感じ」
「大丈夫ですか?カモシカさん?」
巨大コオロギさんはギターを2本借りてきたらしく、炎のあっちとこっちで威勢よく奏でている人がいる。なかなかの腕前だ。あれ?あっち側で弾いているのは腕のもげたつわものさん?
ああ、来てくれたんだ。いつのまに。うれしー。あ、それにあの顔は、ヒーローさんじゃない?酔っぱらってよろよろ肉運んでくれてる。缶ビール持って後ろからよろよろついて行くのって奥さん?
おお、すぐそこでしみじみウイスキー舐めてるの、すすきのさんじゃないのよー。もう、何かとっても嬉しい。涙出そう。
「それにしても、みんないい顔してるわね」
「周りが暗いからじゃないですか?キャンプファイヤーに照らされて顔色良く見えますし」
「いやいや、あれが本物のオートバイ乗りたちの顔なのよ」
「そうなんですか?」
「反則よね、あの顔は。みんな惚れちゃいそうなくらい、いい顔してる」
走り続けなければ、旅をしなければわからない感動や様々な思いを、大切に心の中に秘めていて、いつかその思いをオートバイに乗らない誰かにも、自分を待つ大事な家族にも伝えたいと思っているのに、伝える言葉が見つからなくて、旅から帰るとあんな顔をして遠くを見ていたりするのだ。
「でも、不思議よね。身近な人たち、例えば私が若かった頃の母とか、ここにいる彼らの奥さんや子供たちは、何も言わなくても彼らのその思いを知ってたりするのよ」
「そういうものなんでしょうか。だったら素敵ですけど・・・」
「だからいつも、笑顔で何も言わずに、あるいはしぶしぶと、彼らを旅に送り出すんだと思うわ」
酔うほどに、昭和のフォークソングと70年代のロックが続き、怪しい英語の歌がキャンプ場に響き渡った。何処までも続く大地を見渡すキャンプ場の上には、細い三日月と満天の星空が広がっていた。
何気なくライダーたちを見ていると、1人、2人と上着を脱ぎ始める者がいた。会話がこちらまで聞こえないが、もしかしたら例のあれが始まったのかもしれない。
ギターを巨大コオロギさんに渡したつわものさんは、わしが勝つに決まっとるけぇとか何とか言っている。
ああ、やはり、ここでも始まったようだ。
そろそろ私たちはお開きにして寝てしまおうか。頭ではそう思いながら、私は昨年オートバイの下敷きになった右足首の傷と陥没が見えるように、ブーツを脱いでジーンズをまくり上げ、ソックスを下ろそうとしていた。
みんな大好き、怪我自慢が始まろうとしていた。横で大人しくなっていたソーダ水ちゃんを見ると、彼女もジーンズをまくり上げ、ジャケットの袖をたくし上げようとしていた。
「あれ、ソーダ水ちゃん、どうしたのその腕と足?」
まだ生々しい赤い血のにじむ傷があらわになった。
「えへへ、昨日行き止まりの道に行っちゃって、Uターンに失敗してこけちゃったんです。ナビったら、変な道に誘導してくれちゃって」
最高の夜が更けていく。
ありがとう、みんな。
追記
優勝は、もちろんつわものさん。
特別努力賞は、ソーダ水の君。
でした。
つづく、かな?
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