彼らの旅 私の旅 ウーコン来る(創作です)

いつものようにバーの扉を開けると、カウンターに見慣れない客が1人座って、ウイスキーのボトルを前に、氷を転がしながらロックをゆっくりと飲んでいた。

「こんばんは」

「おう、毎度」

いつもの席に座ろうとすると、マスターが「こっち」と言って、見知らぬ客の2つ隣の席を指さした。

「こちら、君のフォロワーさんのウーコンさん。初対面かな?」

「え?ウーコンさん?えええー!びっくり!」

「あ、初めまして、ウーコンです」

「こちらこそ、初めまして。いつも恥ずかしながらのつぶやきを真面目に読んでいただいてありがとうございます」

「良かったら、私のボトル飲んでください。カモシカさんは、ハイボールかな?」

「あ、宮城狭ですね!じゃあ、遠慮なくハイボールでいただこうかしら」

「ウーコンさん、今日は出張とか?」

「いえ、ちょっと仕事で嫌なことがありましてね。夕べ速攻家に帰ってバイクで港まで突っ走って、フェリーに飛び乗りました。こちらへはいつか来たいなと思っていたので」

「そうなんですか」

「大型バイクで走るという目標は、現実になった時になんか違和感を感じてしまって、最終的には今の125ccに落ち着いたんです。初めてバイクに乗った時の楽しかった感覚に一番近いのが、今のバイクだったもので」

ほろ酔いのウーコンさんは、マスターとバイク談義で盛り上がり、いつしか若い頃抱いていた夢の話になった。

「思い通りに生きていきたいって、あの頃は思ってたんですけどね」

「俺もそうでしたよ。それで好きな酒の世界に入ってバーテンダーやってましたが、なんか違うなって思うようになっちゃって、おまけに結婚破綻してバイクで日本一周ですよ」

「あたしはどう生きたらいいか全くわからなかったわ。ただ、楽しくさえあればいいんでしょ、どうせ死ぬんだからって。かなりやさぐれてたかも」

「私はけっきょく、あの頃も今も、思い通りには生きていないなと気づいたんです。やりたいことをやってこなかったんじゃないかって。それどころか、何が夢だったのか、やりたかったことが何なのかすらわからなかったことにも気づいてしまいました」

「でも、大好きなバイクには乗れてるじゃないですか。それもかなり楽しそうに乗っていらっしゃる」

「そうなんですけどね・・・自由であるはずのバイクに、制限のある生活という矛盾した日々、そこに何とも言えない疑問を抱き続けてきたんです。でもそこから抜け出す勇気は無くて」

「私と真逆ですね(汗)ハハハ」

「だな、カモシカくんは永遠のモラトリアムだもんな」

「えええー、自由人と言ってくれる?」

「何かに縛られるとか決めつけられるとか、レールの上とかがどうも居心地悪くて、生きた心地がしないのよね。人と同じに生きなきゃって、何度かそういう軌道修正をしてみても、1ヶ月ももたずに辞めてしまってた。その繰り返し。心身の健康にも影響したりして・・・」

「でもこっち帰ってきてからは安定のパート人生だよな」

「まあね。職場はいくつか変わったけど。でも週4日しか働いてないのよ。病気したのをきっかけに、無理はしない、自分に合った生き方が一番、そういう答えが出たのよ。不足分は家でコツコツ在宅ワーク。収入はいつもぎりぎり。貯金ほぼ無し」

「カモシカさんのその生き方が、私には羨ましくて仕方なかったんです」

「そうですか?私は逆に、きちんと若いころから働いてお金を貯めて、週末ごとに好きなことを楽しんでいる人たちが、けっきょくは正解なんだなと思うようになりましたよ。SNSの皆さんのつぶやきを読んでいて」

「そうかなあ。何が正解かって、わかんないですよね。けっきょくのところ、隣りの芝生って感じなのかな」

「そうかもしれませんね。本当は、人それぞれ、自分が楽しく平和に生き生きと生きていらればそれでいいのかもしれない」

「今夜はここに来れて本当に良かったです。人生、時には思い切って気持ちの赴く方に突っ走ってみてもいいんだなって感じました。前に進めば実現しちゃうんですよね、案外簡単に」

「今度は私がフェリーに飛び乗ってそちらにお邪魔しようかしら。伊勢とか熊野へ行ってみたいので。先導していただけたら嬉しいなぁ」

「おお、いいな、それ。俺も行こうかな」

「また始まった。マスターのオレもオレも」

「真面目に、いいぞそれ。行って来いよ」

「そうね。計画立てようかしら」

「ええ、ぜひいらして下さい。そのかわりゆっくり走って下さいね。250ccと125ccなら、そんなに無理に合わせる感じではないでしょうけど」

「わあ、なんか楽しみになってきちゃった」

「スマホも持ってないカモシカくんには先導係が必要だしな」

「なによ、北海道だって紙の地図だけで立派に行ってこれたのよ!」

「伊勢、熊野、いいですよ。ぜひ実現させてください。私も楽しみになってきました」

タイミングよく、マスターはだれも注文していないソース焼きそばを2人の前に勢いよく置いた。2皿の焼きそばの上には、赤いタコウィンナーが3つずつ乗っていた。

夜は心地よく更けていく。外には満月前夜の月が輝いていた。

つづく

追記:うーこんさんからウーコンさんに変更しました。ちょっと💩っぽく見えちゃうので💦(20231009)

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