彼らの旅 私の旅 秋のジン祭り(創作です)

珍しく、私たちbar_nの常連たちに、マスターから直々にメールで知らせが入った。

<この度、希少なジンを多々入手いたしましたので、日ごろの御礼を兼ねまして、ジン祭りを開催させていただくことと相成りました。皆様方におかれましては、お忙しいとは思いますが、週末はぜひbar_nへ足をお運びいただきたくお知らせ申し上げます>

「何なの?この長たらしいメールは。マスターったら、学識ぶっちゃって。日本語合ってるのかしら?」

「そうですね、概ね合っているとは思うんですけど・・・」

今夜はカウンターの真ん中に、ソーダ水の君と私が並んで座っている。その横にスツールを1つ空けて久々の助っ人さんと、彼の友人のヒトカゲさんが並んでいる。

ヒトカゲさんには初めて会ったが、助っ人さん曰く、謎の多い人物だという。そもそもヒトカゲの意味が不明だ。人影ですか?と聞いたが違うと答える。無口でもある。やはりオートバイ乗りだそうだ。

助っ人さんが西吾妻スカイバレーを走っている時、ずっと前を走っていたのがヒトカゲさんで、絶景ポイントで写真を撮るためにバイクを止めたら、彼もそこにいた。声をかけたら意気投合して、それからの仲だそうだ。

その反対隣には、ミリオンダラーベイベーさんと浜のドラネコさん、ソウルレッドさんが並んで座っている。

テーブル席には、いつもの3人組や、黒い革ジャンにビンテージジーンズ、皮のブーツをカッコよく着こなしているW乗りの2人、薄暗い店内で黒いサングラスをかけたグループなど、私の知らない客たちで埋まっていた。

「今日は手伝いが誰もいないので、皆さんセルフサービスで酒とつまみを取りに来てください。のんびり順番にお願いします。ちなみにつまみはアペリティフプレートオンリー。内容は、安定のタコウィンナー、生ハム、チーズ、ガーリックトースト、オリーブ、ミニトマトとキュウリとアボカドのサラダ。あと、適当に持ち込みOKね」

「太っ腹~、で、ジンは一杯500円ポッキリなんでしょ?どれを選んでも」

「そう、その通り。日ごろの感謝を込めて大奮発だ。で、人気の高かったクラフトジンを仕入れようと思ってさ、モニターの意味もあるんだ。何種類かは宣伝のためにタダで貰ったやつだしな」

「2人で手伝いましょうか?ねえ、カモシカさん」

「いや、いいよ、今日は2人とも大事なお客だから。それにつまみはもう用意してあるし」

「あらぁ、どういう風の吹き回しなのかしら」

「なんか、いいですね、こういう集まりも」

カウンターの一段上には見たこともない、主に国産のクラフトジンのボトルがずらりと並べられている。

私は北海道産の小さなウイスキーのボトルに入ったラベンダーのジンを選んだ。ライム無しのソーダ割りにした。ラベンダーがたしかに香る。おっさん系の匂いにも思えたが、頭を振ってすぐにそのイメージを払拭した。

県外からの客は、1杯目に地元のクラフトジン欅を選ぶ人が多かった。そして、欅はかなり好評だった。

クラフトジン欅の材料は、ジュニパーベリー、コリアンダーシード、宮城県産のゆず果皮、秋保町のブドウ果皮、石巻の桃生茶、名取産のセリ。かなりこだわりのある材料だ。

アペリティフプレートは楽しい。いろいろな物を少しずつ楽しめる。雑なようで、それなりにインスタ映えのする盛り付けになっていた。

この店の中にいる客のほぼ99%がバイク乗りである。特殊な空気感が漂っている。店内は禁煙になっているため、なおさら異様な雰囲気でもある。BGMはドアーズになった。

県内外からオートバイで来ている彼らの一部は目の前のホテルに宿を取ったらしいが、他の常連客たちはマスターの計らいで、閉店後にタクシーでハマさんの家に行くことになっていた。ハマさんの家は、空き家とはいえ、マスターにいいように利用されている。

隣りに座っているソーダ水の君は、なんとなく、いや、かなり雰囲気が変わった気がした。転倒してダメージを受けた足も杖無しで歩けるほどになり、物腰が妙に落ち着いている。簡単に言えば、大人の女になった、そんな感じだ。

2杯目に、私も欅を選んだ。小さなグラスに氷を入れてロックにしてもらった。それぞれの材料の風味をできる限り感じたかったからだ。細かいことを抜きにしても、欅は美味しかった。

BGMが Rainbow – Man on the Silver Mountain に変わった時、扉が静かに開いた。K君だ。後ろからもう1人入ってきた。とんずらさんだ!日本一周完走の2人組がやっと揃った。

「おう、いらっしゃい!待ってましたよ」

カウンターの席をひとつづつずれて、2人の席を開けた。

I’m a wheel

I’m a wheel

I can roll, I can feel

And you can’t stop me turning

私は車輪だ

運命の車輪だ

廻り続け 感じるのだ

誰も私が廻るのを止めることはできない

ほろ酔いでこういう曲を聞くと、オートバイで夜の国道を突っ走りたくなる衝動にかられる。見るともなくあたりを見回すと、私と同じ気分になっているであろう目つきの者たちばかりに見えた。

オートバイ乗りたちの秋の夜は、ジンと自由という香りの空気に満たされて心地よく更けていく。

写真:bar andyさんでご了承を得て撮影させていただきました<(_ _)>

BGMの和訳:「洋楽和訳 Neverending Music」さんからお借りしました(素晴らしい訳ばかりです👏)

Man On The Silver Mountain / 銀嶺の覇者 (Richie Blackmore's Rainbow / リッチー・ブラックモアズ・レインボー)1975 : 洋楽和訳 Neverending Music
Deep Purpleから脱退し、Rainbowを結成したリッチー。当初、バンドは"Richie Blackmore's Rainbow"と名乗っていました。デビューアルバムがバンド名と同じタイトルでしたが邦題は「銀嶺の覇者」。虹(Rain...

つづく

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