彼らの旅 私の旅 墓参と過去とにごり酒(創作&実話)

「あけまして~。地震事故あったから、その後は言わないわね」

「おやおや、今頃いらっしゃってどうしました?遠い世界にいっちゃったのかと思ったぜ」

「あ、酷い。でもまんざら冗談とも言えないのよね、それが。毎晩お風呂で寝ちゃってるから、いつ逝っちゃってもおかしくないのよ」

「それ、まじやばいよ」

「今日はね、親友の墓参りと実家の墓参りに行ってきた帰りの精進落としに来たの」

「それはそれは。精進落としですか、じゃあ、にごり酒とかどお?」

「あ、いいかも。っていうか、山形で買ってきちゃった。実は今日、父の命日でもあったから、父にはゆべし、祖父母にはにごり酒を供えてきたのよ」

「墓参りのはしごってやつ?」

「まあね、そんなところ」

「うちのにごりは青森の二戸のやつ。闇で仕入れた」

「ええ?それやばいでしょ!」

「まあ、いいから飲んでみて」

「おつまみ何にしようかな。浜のドラネコさん、なんかいいネタ持ってきてない?」

「それがさあ、ドラネコさんしばらく来てないんだよね。連絡も無し。つまみのネタ入らなくて困ってるんだけどさ」

「どうしたのかしら」

「あ、それはそうと、正月のオープンの日にとんずらさんが来てくれたんだ」

「え、とんずらさんが来たの?会いたかった~」

「メールしようと思ったんだけどさ、今度新年会する予定だから、そん時でいいかなと思ってさ」

「おお、新年会、いいわね」

「そんときにさ、とんずらさんとK君の壮行会も兼ねようと思ってる」

「え?壮行会?いよいよなの?」

「そう。その報告を兼ねて先日来てくれたんだ、とんずらさん」

「わお、アメリカか~。で、いつ出発するって?」

「3月」

「もうすぐじゃない」

つまみは焙ったイカになった。あの八代亜紀が亡くなったというニュースを見て、暗い顔をして何も言わずにマスターはイカを焙り始めたのだ。

にごり酒と焙ったイカ、ここは居酒屋か場末の小さな飲み屋か、そんな雰囲気になっていた。スピーカーからは、当然のように八代亜紀の舟歌が流れている。

今日が命日の実の父親は工学系の教師だった。学生たちに好かれる評判の良い教師だったらしい。だけど、実の子どもの私をちっとも理解することができなかった。娘に反抗されて口もきいてもらえないまま、父は逝った。

2日後に命日の親友は、私がオートバイに乗るきっかけをくれた男性の親友と結婚した。親友の旦那とその男性はバイク乗りだった。

ある日、親友の旦那、当時は彼氏がその男性をとても仲のよい友人だと紹介してくれた。その男性は私を見て、誰かに似ていると呟いた。自分に似ている人がいるのか、私はとても気になって問い詰めた。

本の中だったかな、と彼は言った。え、何ていう本?片岡義男って知ってる?え?知らない。オートバイの物語なんだよ。え?興味無いから知らなかった・・・

その本のタイトルは「幸せは白いTシャツ」片岡義男著。ちょうど本屋の中にいたから、本棚からその本を取り出して見せてくれた。素敵な写真がたくさん閉じられている文庫本だった。

そこにカッコ良くて美しい女性が、海辺でオートバイにホースの水をかけている写真があった。ふーんと興味の無さそうなそぶりをしてその日は終わった。

後日その本を私は買った。夢中で読んだ。何度も何度も写真を見た。自分とは似ても似つかない美しい女性に憧れを抱いた。

もうそこからは止まらない。バイク用品店にバイトを申し込みに行って断られ、しょぼんとしていたら電話が入った。臨時でレース場の売店のバイトがあるけどという話だった。

次に中型免許の教習へ申し込んだ。お金はどうしたんだろう。記憶にない。親には免許を取るだけだと告げた。

ヘルメットを買った。せっかく免許を取ったからバイク買うわ、と親には言った。三好礼子かヒロコノの堀ひろ子が言ったように、オフロードバイクで技術を身に付けるべく、モトクロスの練習をやっているバイク屋でDT200を買った。

お金はどうしたんだろう。学生でもなく、就職にも失敗してフリーターだったはずだ。本気で行動すれば、物事は実現していくのだろう。手段はその後に着いてくるかの如く。

そうして、私はオートバイの沼にはまった。そのしばらく後、間違った結婚を機に人生の軌道は狂い、そして今がある。

「なにぼんやりしてんだよ」

「にごり酒とイカが美味しすぎて止まらないのよ。そして、かなり酔ってるみたい」

「俺も飲んじゃうかな。あまりにも死に過ぎだぜ。ロックも演歌も俳優も」

「そうね。時代がガラガラと音を立てて変わって行く感じ」

「自然の流れなら仕方ないけどな。仕組まれたシナリオだったら怖すぎるぜ」

「な、何それ。そんな情報あるの?」

「ちまたではいろいろあるさ」

「世界をコントロールする組織ってやつ?」

「ああ、そんな感じ」

「戦争も増えていきそうな感じよね」

「ああ、俺たちの自由と平和も脅かされつつあるかもな」

「今を存分に楽しんで、やりたいことやって、いつどんなことになっても後悔しない毎日を生きないといけないわね」

マスターは、BGMを変えた。ロックだ。

「Hey, Hey, Rise Up」ピンク・フロイド

「戦争だけは、ほんとにやばいよ。戦争で殺されたり殺すくらいなら、俺は地球のひずみに飲まれた方がマシだぜ」

マスターは独り言のように言い放ち、グラスを傾けた。私は無言でにごり酒をグイっと飲み、イカをしゃぶった。

つづく

明けまして・・・・本年もよろしくお願いいたします_(._.)_

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