妄想ショートショート「あちらの女性にパンケーキを」

ふと、海沿いのカフェのパンケーキが食べたくなった。いつか食べようと思っていたけど、まだ行っていなかった。

翌日、いつものように4時に起き、バナナとパイナップルジュースの簡単な朝食をとり、借りているバイク置き場へ自転車で向かった。

ヘルメットとジージャンとサングラス、その他最低限の荷物を荷台と背中に背負い、早朝の涼しい街を駐輪場まで気持ちよく走る。

並木道の木陰を、大きな荷物を持って歩くこと10分。ほどなく自分が住んでいないマンションのバイク置き場に着く。バイクカバーを外して小さくたたんで荷台に括る。チェーンロックを外してケースに収める。

ジージャンのポケットには八咫烏のバイク守り。ヘルメットをかぶり、サングラスを付ける。落ち着いてゆっくり身支度を整え、ハンドルロックを外しキーを差し込む。

両側のバイクに触れないように慎重にバイクを移動させ、出口を向けてバイクを止める。跨ってエンジンをかけ、いち、に、さん、と60まで数える。

フューエルインジェクションのバイクだが、暖気をしないとどうも1日中不調のようだ。マンションの住民には申し訳ないが、1分だけ辛抱してもらう。

スピードを上げる車が多いとはいえ、空いている45号線をしばらく快適に走り、案内板に従って目指す海岸へ向かう道へ逸れる。目立たない漁港の入り口を曲がると、その先には素敵なカフェや宿泊施設がある。

防潮堤の前にバイクを止め、ヘルメットとジージャンを脱ぐ。もうすでに、太陽の光が熱い。

お洒落なカフェには珍しく、朝7時に開店する。5分前に防潮堤に着いたはずだが、店に入る頃には15分過ぎていた。店内はすでに半数ほどの席が埋まっている。海の見える窓べのカウンターも残すところ、あと3席ほどしか無かった。

外のオープンテラスにしようか、どうしようか迷ったが、カウンターに黒いヘルメットが置いてある席の2つ隣に席を取った。

お目当てのパンケーキ&ドリンクセットを注文しに行く途中で、ヘルメットの持ち主と思われる男性とすれ違った。年齢が全く想像できない。青年なのかおじさんなのか、もしかしておじいさんなのか。

視界の横にチラと見ただけなので、判断はつかないままだった。目当てのパンケーキを注文し、セットドリンクはアイスコーヒーにした。ドリンクを先に受け取り、番号札を貰って窓辺のカウンター席に戻る。

黒いヘルメットの年齢不詳のライダーは、大きくてスタイルの良いグラスに、アイスクリームをトッピングした緑色のソーダを飲んでいた。顔が見たかったが、あからさまに横からガン見することはできない。

アイスコーヒーを一口づつ飲みながら、窓の外の海を見てぼんやりしていた。小さな漁船が沖へ向かって行く。ゆっくりゆっくりと。そのうちに、2つ隣の席のライダーのことを忘れていた。

異音に気づき横を向くと、黒ヘルメットのライダーがミルキーグリーンのソーダ水をズズズと音を立てて飲み干した。ふいにチラ見すると、なかなかの男前ではないか。

そして、あっけなく彼は席を立った。ヘルメットを持ち、椅子を元に戻しながら、一瞬こちらを見たような気がした。

しばらくして番号が呼ばれ、注文したパンケーキを取りに行った。大きなトレーに、美しく盛り付けられたパンケーキが2皿乗っている。一瞬かたまった。これは私のではない。そう判断して、ファッション誌から抜け出してきたようなスタイリッシュなスタッフに言った。

「これ、私のじゃないかも・・・2人分だから」

「あ、いえ、先ほどのライダーさんから、お客様へとご注文いただいたので、一緒にお出ししました」

「え?ライダーさん?」

「ご一緒だったんじゃないんですか?」

「ええ、知らない人です」

「あ、じゃあ、あれですよ、お酒をご馳走するじゃないですか、barのカウンターで。映画みたいに」

「あーあ!そうなの?じゃなくて、あの人は誰?」

「いえ、こちらも特に知り合いとかじゃないので・・・お会計は済んでいるので、せっかくだからお召し上がり下さい」

「あ、そうですね・・・」

大きなトレーをもって席に戻ると、窓の向こうに黒いヘルメットをかぶってオートバイにまたがるライダーが見えた。チラリとこちらを見て、かるく右手を上げたような気がした。

私は右の手のひらを彼に向けて上げ、親指を立ててサインを送った。そして、パンケーキを指さし、深く頭を下げた。スモークシールドの中で、たぶん彼は笑顔だ。

2皿のパンケーキを、苦労して完食した。美味しいとはいえ、そうたくさん食べられるものではない。1時間ほど時間をかけてゆっくりといただいた。そろそろ気温が30度を超える。もう帰ろう。

先ほどのスタッフは忙しく働いている。視線をこちらに向けるでもなく、ありがとうございました~と爽やかに言った。

ゆっくり、丁寧に、確実に、エンジンをスタートさせながら心の中で呟いた。帰路も油断せず、無事に帰るのが私の務めだ。

おわり

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