宴その2
「え、誰かしら?もう参加メンバー揃ってるわよね?」
「ああ、そうだな。夜の北海道の怖さを知らない初心者ライダーか、貸し切りって知らねんじゃね?」
「え?あれって、つわものさんよね?!なんでー?」
「おおお、ほんとだ、つわものさんだよ!」
みんな大騒ぎだ。その声に驚いて、地面に酔って寝転がっていたヒーローさんが飛び起きた。なぜか全身モトクロス装束のままだ。
バイクのエンジンを切って、傾くような歩き方でつわものさんが一歩一歩、歩いてくる。腕の降り方が非対称で、それだけでもう誰だかわかってしまう。古傷自慢の優勝者だ。
「やあ、遅くなりました。僕の席はまだありますか?」
「え、ええ、もちろんですよ!」
「どうしたんですか?仕事が忙しすぎて来られないとメールいただいてたから、もうビックリしましたよ」
「ああ、仕事ですか?・・・辞めてきました。ハハハ」
「え?辞めちゃったんですか?」
「ええ、突然キレましてね。恐るおそる妻に事後報告したら、逆に喜ばれちゃいましたよ」
「僕がいつ仕事を辞めるのか、待ってたそうです。僕が辞めたら、また一緒に北海道を走ろうと心の中で計画を立ててたらしくて・・・」
「で、奥さんは?」
「ええ、あまりに突然のことで、休みが取れず、僕だけ先に来ました。キャンプに間に合うように、先に行けとの命令で。妻は3日後にフェリーで小樽に着きます」
「そうなんですね。ほんとうにびっくりしましたよ、つわものさんたらぁ」
「フェリーは予約取れたんですか?」
「いえ、一昨日の今日ですから、取れませんでした。だから、日本海側をひたすら自走してきたんです。とりあえず冬物のジャケットといつものキャンプ道具と、妻に渡された小遣いだけ持ってね」
「え?てことは、ほぼ走りっぱなし?」
「まあ、そんなとこです。途中路上で仮眠したり。若い頃はいつもそんな感じでしたから」
宴は再び盛り上がった。焚火には新しい薪が追加され、大きな炎が上がっている。今度はつわものさんを中心に、話も盛り上がっている。
ああ、今夜もまたアレが始まろうとしているようだ。つわものさんが、Tシャツをまくり始めた。初めて会ったとんずらさんとKくんに、古傷を見せようとしているのだ。
満面の笑顔で嬉しそうに、ヒーローさんはモトクロス装束を脱ぎ始めている。ススキノさんと四国女子は、ただ静かに笑っている。
あ、今年の私には新しい傷はない。もう寝ちゃおうかな。
ソーダ水の君は、完璧に沈没だ。
マスターは相変わらず、せっせと美味い酒をこしらえては運んでいる。
私は、マスターに濃いめのモヒートを作ってもらい、アルミカップの氷の音を心地よく聞きながら、そっと自分のテントに潜り込んでしみじみと美味しいモヒートを飲んだ。
テントの外では、古傷自慢で大盛り上がりの声が響き渡っている。どうやら、今年の優勝者は、モトクロスに夢中でアザだらけのヒーローさんのようだ。
眠れそうにないけど、意識は遠く、幼い頃の想い出に戻っていくのだった。
おわり
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