「あ、来た」
重低音の排気音、オートバイだ。一台か。かなり大きなオートバイに違いない。
待ったかいがあった。私はそこで、もう1時間は待っていた。
カーブの出口に、丸いヘッドライトが 見えた。
カーブを抜けて直線を進んでくるオートバイに、私は右手を突き出して親指を立てた。
そのサインが、何を意味しているのかもわからないまま。
絶版車だった。目の前を通り過ぎる時、私の眼は見逃さなかった。タンクにはKAWASAKIの文字が貼り付いていた。
「あ、これで助かった。今日は早く帰れそうだ」
私がこのオートバイに乗り始めてから、こうしてエンジン不調のため道端で佇むことが何度もあった。
ほとんどのライダーが、オートバイを路肩にとめて様子をうかがいに来てくれた。
しかし、私のオートバイの不調を解決できた人はほとんどいなかった。
たった1人、HONDAの絶版車に乗ったライダーだけが、私のオートバイの不調を解決してくれたことがあった。不思議なことに、その日は家に帰るまで、私のオートバイはずっと快調だった。
いま、KAWASAKIの絶版車乗りは、広くはない2車線の道の先を美しい身のこなしでUターンして私の目の前でとまった。
簡単に事情を話すと、絶版車乗りは私のオートバイにまたがった。軽く優しく、スンスンストンとキックペダルを何度かゆっくり踏み、最後にストンと踏みこんだ。
快調なエンジン音が鳴り響いた。やはり絶版車乗りは、間違いない。オートバイ、特に古いタイプのオートバイのことを何もかも知っているようだ。
もしこの場に、絶版車の製作に携わった技術者たちの霊がいたら、拍手喝采、涙を流す老人もいただろう。
絶版車乗りは、私のオートバイから降りると、私に向かって片手を軽くあげ、再びUターンを決めて走り去っていった。
そういえばお礼も言ってない。私は彼の背中に向かって大きな声で言った。
「ありがとう!」
私はいつも、道端で何を待っているのだろう。誰を待っているのだろう。
エンジンが冷えて再び元気に燃えてくれるのを待っている、ただそれだけなのだが。
絶版車の心地よい重低音が、いつまでも耳の奥に鳴り響いていた。
おわり
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