SNSの繋がりに、金しか無いと自己紹介している男がいる。彼は子どもと2人暮らしのようだ。子供のために料理を習い、まるでレストランのメニューのような食事や故郷の母親が作るような家庭料理を時々作って食卓に並べた。
子供が成人するまでは、できる限りのことをして育てようと決めていたらしい。そして子供は無事成長して大人になった。彼の母親のことは、男は一言も語らない。他界したのか逃げられたのか、他人のこちらが想像をたくましくするだけだ。
「なーにぼんやりしてんのかね。最近のカモシカくんはなんか変だな」
「変なのはずっと前からでしょ?こないだもそう言われたばかりよ」
「うーん、恋煩いじゃないことだけは確かだな。いつものあれか?き・ん・け・つ」
「まあ、それもあるっちゃるけど。違うのよ」
「金しか無いって言い切る男って、どんな事情があるのかなって、たまに思い出しては想像してるのよ」
「羨ましい話だな。幸せなやつだ」
「それが違うのよね。なんとなく良いことばかりじゃないって感じ」
「贅沢なやつだな」
「はぁ~」
「どうした、ソーダ水くんまでため息ついちゃって」
「なんかぁ、春って遠いなと思って」
「まあな、今日は久しぶりに雪積もって朝から極寒だしな」
「それもあるんですけど、今年はどこにツーリング行こうかと思って悩んでるんです」
「なんだ、これまたぜいたくな悩みじゃん」
「ソーダ水くんはどお思う?金しか無い男って」
「うーん、よくわかんないですけど、さびしいっていう意味じゃないですか?直訳すると」
「おお、さすがバイリンガル。直訳ときましたか」
「そうね、たしかに。ソーダ水ちゃん、いいとこついてるかも」
「あ、そうそう、話が変わるけど、私の仕事の師匠はね、奥さんをずっと以前に亡くしたそうなの」
「じゃあ、辛い日々だったろうな」
「うん、そうだろうと思うけど、師匠のすごい所って、娘さんに子供ができた時、こう言ったんですって」
草刈りと薪割りの仕事に、私は週に一日だけ気分転換を兼ねて通っている。その職場の仲間から聞いた話だ。師匠はまだ赤ん坊のお孫さんに、こう言ったそうだ「ばあちゃんがいなくてごめんな」
そしてこう考えたそうだ。普通の家にはおばあちゃんがいて、おばあちゃんは孫のために毛糸で服や靴下を編んであげるんだろう。この子には、そういうおばあちゃんがいなくて可哀想だ。
その後の話がすごい。師匠は編み物教室へ通った。そして、孫のために毛糸の洋服や靴下や帽子を編んだ。孫が成長してからも編み物教室へ通い続けている。先日も自作の鮮やかな色のネックウォーマーを身に付けていた。
「ふーん、すごいじいさんだな。普通はそこまでできないだろ」
「そうなのよ。他の仕事も工夫していろいろやっててすごいのよ。再婚もせず、たまに1人旅に出かけて人生をエンジョイしているみたい」
「頭が上がんないな、俺なんて」
「まあ、普通のおじいさんじゃないわよ。身のこなしも俊敏だし、畑でも何でもやるし知識も詳しいの。人間関係も広いのよ」
「カモシカくん、どおよ、連れ合いとして」
「あーそういう話ね。チラッとそんな話題を振ってくる仕事繋がりのおばあさんもいたんだけど、無いわね」
「師匠は師匠。男と女は別の話。もし一緒に暮らしたらと想像したことも、実はあるんだけど・・・静かに平和に老いていく、それだけの生活しか思い浮かばなくて。私ってそういう生活望んでないなって気付いたの」
「たしかにな、そういうの似合わなそうだな。そういう人生も悪くないし、幸せだと思うけどさ。カモシカくんの人生じゃない感じはするな」
「うーん。どういうのが幸せなんでしょうね。私なんてまだまともに恋もしてないし。将来のことなんてちっとも想像できない感じ」
「ソーダ水くんはまだいいよ。そのまま、心の向く方へ進んで行くだけで十分。道はその先にずっと続いてるから」
「そうね、それを言ったら私だってあっちの世界に逝くまでは、この世界のどこかへつながる道がずっと続いてるってわけよね」
「ってことで、お2人さん、なに飲む?腹へってきたな。タコウィンナーナポリタンでも食うか?」
「あ、食べたい」
「うんうん、私も!」
「あと、ハイボール!」
「そう、ハイボールがいいわ」
「じゃあさ、この際、今年も北海道行かねーか?」
「じゃあさって、どういう話のつながりよ」
「北海道かぁ・・・行きましょうよまた。カモシカさん、マスター!なんか、目の前がスッキリ晴れた感じ。私、また北海道に行きたい」
「ソーダ水ちゃんには叶わないわ。私も行きたくなってきちゃった」
「じゃあ、さっそく留守番隊にSNSで声かけとくか」
「なんて気が早いのかしら、マスターったら」
そうね、北海道、金のない男さんも誘ってみようかしら。
つづく
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