いつものbarの重い扉を開けて小声で言った。
「お久しぶり、です・・・」
「おー、やっと来たか、生きてたようだな」
「あ、カモシカさーん、会いたかったですぅ」
「ソーダちゃん!私もよ」
「まあ、あれだな、いつもの金欠ってやつだろ?」
「あー、お見通し。マスターったら何でも知ってるのね、私のこと」
「あったり前だろ、俺とおまえの仲じゃないか」
「はぁ~?何言っちゃってんのかな、ソーダちゃんに誤解されるじゃない」
「いえいえ大丈夫ですよ、前から知ってますから」
「はぁ~?何を知ってるっていうの?」
「この際、なんでもいいけど、冬ね」
「寒いですねぇ」
「バイクどうしたよ?」
「乗ってるわよ、もちろん。ちょい乗りだけど」
「私は先週末、奥松島まで走ってきて、ガソリン満タンにしてハマさんのガレージにバイク入れて、バッテリー外してきたんです」
「冬は乗らないことに決めたのね?」
「そうなんです。寒くなった途端に怪我したところがけっこう痛くて、迷わず決断しました」
「そっか。私は雪が積もるか道が凍結した日以外は走りたいと思っているの。たった30分でもいいのよ。もう人生の残り時間は少ないから」
「え?何ですかそれって、死んじゃうみたいじゃないですか」
「そう、死んじゃうのよ、いつか。順調にいって20年後くらいには」
「おー、いい感じの年だよな、その頃は。俺もそのあたりでいいかな」
「そうそう、来月誕生日なのよ。わたし」
「だったな。パーティでもやるか?ケーキくらい用意できるぜ」
「ありがとう。でも私、小さな旅に出るつもりなの」
「例の紀伊半島か?」
「まだそこまで行けないわ、旅費無いし」
「じゃあ、いつもの温泉か?」
「ううん、南三陸一人旅」
「おお、魚介食い放題コースか?」
「まあ、そんなところね。ジャズと魚介とワインの旅よ」
「洒落てんじゃん」
「いい感じでしょ」
今度の旅は念願の三陸への旅だ。寒さを我慢して夜明け前に出発、一路気仙沼を目指す。途中、塩釜仲卸市場で朝食を取り、45号線をひたすら北東へ進む。
石巻からルートを変えて女川方面へ。休憩を兼ねて、雄勝の「海岸線の美術館」や北上川を見晴らすカフェでコーヒータイム、どこかで昼食をとって気仙沼のホテルへ。
翌日は街の老舗ジャズ喫茶でJAZZを聞きながらコーヒーを飲み、さらに北東方面へ進み「東日本大震災津波伝承館」隣の道の駅で絶品の牡蠣フライをいただく。
そこから海沿いに走って南三陸町へ戻り、早めに民宿へ。新鮮な魚介類の食事をいただき、あとはぼんやりと読書でもして翌日まで過ごす。
最終日は南三陸ワイナリーに立ち寄って、見学したりワインを買ったり、最後はさんさん商店街へ。昼ご飯を食べて、海産物のお土産を買って、安全運転で帰宅。
「ふーん、ほぼルートも行き先も決めてあるんだな。あの頃と違って」
「そうね。行き当たりばったりの旅が一番だと思うけど、今は宿もしっかり予約して、行きたい場所をチェックして、あらかじめ計画を立てて旅をする感じが楽になってしまったみたい」
「楽、か」
「そう、らく。オートバイの旅のだいご味である自由とは矛盾するけど、今は苦を楽しむゆとりが無いのよね。気力とか体力とか。でも、楽なかわりにお金がかかる」
「苦を楽しむ、か。なるほどな。そうかもな、オートバイってやつは、苦に始まり苦に終るって感じかもな」
「寒い、痛い、トイレ我慢、風に煽られ、後続車に煽られ、太陽にあぶられ、疲労感とストレスと、渋滞&迷子、雨霰、空腹に金欠、落ち葉に濡れ路面、悪路、まるでいいこと無い感じ」
「でも走らずにいられない」
「その通り。マゾなのかしらバイク乗りって」
「まあ、ちょっと違うな。それらの苦を超える喜びがあるってのが正解だろ」
「そうね、そうかもね」
「今年もボッチか」
「え、それ言っちゃう?ツーリングの基本はソロでしょう」
「ええ、私も行くなら1人がいいです」
ソーダ水の君はカウンターに頬杖をついて、けだるそうに微笑んで言った。
テーブル席ではいつもの3人組がいつもと変わらない様子でそこにいた。季節が変わっても、変わらないものが、世の中にはあるのかもしれない。
つづく
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