彼らの旅 私の旅 ソーダ水の君とティラミス

「船の見送りって大好きだけど・・・やだなあ、寂しいわ」

「ほんとですね。僕も泣きそうですよ」

すすきのさんとつわものさんは、早朝ホテルを出発して松島までひとっ走り、東北最後のツーリングをしてきたそうだ。

「松島も素晴らしかったですが、瀬戸内も負けてませんよ。3人とも、必ず来てくださいね。またみんなで飲みましょう」

「その時はすぐに駆け付けますよ僕も」

つわものさんとすすきのさんは、最後にそう言ってバイクにまたがり、フェリーに吸い込まれて行った。

ヒーローさんじゃないが、私も涙が滲んでいた。こんなに暖かい気持ちで過ごせた日々は、長い人生を思い返してもそうそうない。

ほんの数日共に過ごしただけで、彼らはもう他人とは思えなくなっている。オートバイ乗りとはそういうものなのか。

もう2度と会えないような気もするが、必ずまた会えるような気もしていた。不思議な感情がこみあげて、また泣けた。

船はどんどん港の外へと向かって行く。デッキの上にはまだ手を振っている2人の姿が見えている。

汽笛が1回鳴った。船は港を出て行った。もう2人の姿も見えなくなった。

「さあ、帰りましょうか。店まで送りますよ」

「お言葉に甘えて。お願いします」

ソウルレッドさんの車に乗り込み、快適な音楽を聴いているうちに店に着いた。コーヒーを淹れて3人で飲んだ。

「では、私はまた深夜からの勤務があるので、これで失礼します」

ソウルレッドさんが帰り、店にはヒーローさんと私の2人になった。時刻は午後3時を過ぎていた。

バーの開店まであと3時間。ヒーローさんは朝市へ行きたいと言う。朝市とは言っても、午後5時までやっている。すすきのさんから話を聞いたのだろう。

2人で歩いて朝市へ行った。見るもの聞くものすべてが新鮮らしく、ヒーローさんは興奮気味だ。

「ヒーローさんも料理がお得意なんですか?」

「いえ、それほどでは。今回は、娘に特訓されてきたんです。だからレパートリーは2つしかありません」

「それは楽しみ。材料が揃うかしら」

「ええ、地元のものを利用しやすいようにと、アレンジしやすいメニューを考えてくれました。マカロニグラタンとブルスケッタです」

「なんて素敵なんでしょう。私が一番に食べたいわ!」

「ええ、ぜひお味見してください」

ミニトマトやバゲット、マカロニ、ホタテ、カニ、セリ、ベーコン、チーズ。朝市にはパン屋もあるのだ。朝市に無いものは、業務スーパーで手に入れることができた。

バーに戻り、2杯目のコーヒーを淹れていると、ドアに付いた小さな窓から中を覗いている女性がいた。開店10分前だ。

ヒーローさんが立ち上がろうとしたとき、ドアが静かに開いた。ソーダ水の君?

「こんばんは・・・ちょっと早かったかしら」

「いらっしゃい。大丈夫ですよ、あなたなら」

「どうしてもまた来たくなっちゃって」

「留守番2人は今日フェリーで帰りましたよ」

「そうなのですね。わたし、実はカモシカさんとお話がしたくて」

「え、わたし?」

彼女が言うには、同じ女性として、オートバイに乗ることについていろいろと聞きたかったのだそうだ。どうしても一歩進む勇気が無いのだとも言っていた。

「それに、留守番さんたち、私にバイクに乗ることを勧めてくれなかったでしょう?それって、私には似合わないってことなのかなって」

「違うのよ。彼らは皆ベテランのオートバイ乗りだけど、乗り続けてきた間には何度も命にかかわるような危険な目に遭っているの。だから、あなたのような若い女性に積極的に勧めることができなかったって言ってたわ」

「でも、私には勧めるのよね。もう後先短いからかしら」

「そうでしたか。でも、カモシカさんは20代の頃に乗っていたんですよね?遠くまで1人で旅をしたとか」

なぜ乗り始めたのか、何がきっかけだったのか、教習所はどんな感じか、大変だったことは何か、バイクに乗っていて良かったのはどんな点か、なぜまた乗ろうと思ったのか。彼女の質問は尽きることがなかった。

「でもね、いま何だか乗れそうな気がしないのよ」

「ええ?なぜですか?」

「それがね、1回立ちごけしただけで自信が無くなっちゃったの。それだけじゃなくて、なんとなく気分が乗らないっていうのかしら」

「わたしも、踏ん切りがつかなくて。免許だけでも取っちゃえばいいのにと、グズグズしている自分が嫌になることもあるんです。そんな状態でもう2年目なんです」

「そうなのよ。私も同じ。もう辞めようかなと思っても、いつもバイクのことばかり考えてしまっているの」

「同じですね。私ももう諦めようかと思っても、バイクのことが頭から離れなくて」

「お2人さん、コーヒーをもう一杯いかがですか?」

ヒーローさんはいつの間にかカウンターの中にいて、コーヒーを淹れてくれていた。

「良かったらこれも召し上がって下さい」

「わあ、美味しそう。これは・・・」

「ティラミスです」

「イタリア語でね、私を持ち上げて、っていう意味だそうですよ」

「あ、美味しい!」

「ヒーローさんの手作りですか?」

「これも以前、作り方を娘から教わったのです。2人の留守番さんが帰ってしまって、寂しいだろうなと思いまして」

ヒーローさんはカウンターの中に立ったまま、ティラミスを美味しそうに食べていた。

そういえば、今夜はもう一人の留守番が来る予定なのだが・・・

つづく

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