彼らの旅 私の旅 ソーダ水の君は帰りドラネコがやってきた

「帰っちゃいましたね」

「うん、帰ってしまったね。ソーダ水の君」

「彼女もバイク乗りになると良いですね。バクさんみたいに」

「だ、だれ?それ」

「あなたのことですよ、バクさん」

「バクはウシちゃうやろ!いや、シカとちゃうやろ!」

瞬間的に声に出てしまった。ボケとツッコミは関西人の元夫と暮らした時代にたしなんだ。

しかし、たまに元夫の逆鱗に触れて、本気で蹴りや拳が飛んできたこともあった。

中途半端に関西弁を真似すると、本場の人にとって不愉快な場合もあるらしい。相手の母親を「おかあはん」などと呼んだらボコボコにされる。

それに何だ?ソーダ水の君って。ソーダフロートとナポリタンを美味しそうに飲んで食べて行った、さっきの彼女のことを彼らはそう呼んでいるらしい。

まあ、いいか。エスメラルダより彼女に似合っている。改名だ。

「ご馳走さまでした。私も帰ります。ほんとに楽しい2日間でした」

ソウルレッドさんも帰って行った。美しい赤い車体が走り去るのを、バーの前でみんなで見送った。

「なんか、寂しいですね」

「そうですね。でも、まだここには3人の男とバンビさんがいるじゃないですか」

「だから、バクじゃないって」

「いやいや、楽しい人ですな、ヤクさんは」

3人となった純烈は、どこか気が抜けたように見える。若い彼女との会話で、けっこう気を使ったのだろう。

感心したのは、誰もが彼女に無理やりオートバイに乗ることを勧めなかったことだ。

傍で聞いていた私はてっきり、誰もがみなオートバイは良いぞ早く乗るべきだと彼女の背中を押すものと思った。しかし、だれもが慎重だった。

「また会いましょう」

「ええ、またお会いしたいです」

どことなくソーダ水の君も男たちも名残惜しそうな顔をしていたが、あっさりとした別れだった。

「はぁ・・・」

「何ため息ついてるんです?カモシカさん」

「カモシカちゃうわ、いや、当たり!」

「また忘れちゃったのよ」

「何をです?」

「ソウルレッドさんに質問すること」

「ああ、なぜオートバイに乗ってるかって質問ですね?」

「ええ」

「それなら、知ってますよ僕」

ソウルレッドさんの友人であるすすきのさんが教えてくれた。

彼は子どもの頃から乗り物好きで、三輪車から始まり一輪車、自転車、原付、中型・大型バイク、車、トラック、ボート、自分で運転できる乗り物は飛ぶもの以外ほとんど乗った。

今はトラックドライバーとして働き、私生活では車とバイクと自転車で落ち着いているとのことだ。好きでたまらないものには理由というものが無いのだとも、すすきのさんは言った。

たしかにそうかもしれない。好きなものは好きなのだ。理由なんて無理やり考える必要などないのだろう。

ドアが開いた。

「こんばんは!毎度です」

「い、いらっしゃいませ」

「マスターはまだ沖縄ですか?」

「ええ、今は久米島にいるらしいです」

「食材持ってきましたよ」

「え?」

「聞いてませんか?マスターから」

「ええ、何も」

「そうですか・・・」

彼は、海沿いの街から食材を運んできたという。いい食材が安く手に入った時に持ってきてくれているのだそうだ。

「あ、わかったわ。マスターがいい常連さんがいるおかげで美味いつまみが出せるって言ってた。あなたが浜のドラネコさんですね?」

「ええ、ああ、あなたがカモシカさんですか、マスターと訳ありの」

「え?訳なんて無いですよ!なに言ってるんですか」

傍で聞いていた男たちはニヤニヤしている。

浜のドラネコさんは、東日本大震災の被災地に住んでいる。震災後、自分も地元の復興に何か役に立てないかと考えていた。

そんな時、漁師の友人が魚が売れないとぼやいていたのを聞いて思いついたのだ。市場で高く売れない海産物や、加工業者の半端品などを自分が運んでいけば良いのだと。

市場に出せない美味い海産物はいくらでもある。捨ててしまうか、家庭で食べるかしかないようなものでも、街なかのスーパーで売られているものよりずっと美味いことを知っていた。

そういうものを直接欲しい人の元に届けるのだ。ドラネコさんのすごいところは、中間マージンを取らないことだ。

売り手から海産物を預かって、買い手に届けて代金を受け取り、そのまま売り手に代金を渡す。ただ働きだ。それがドラネコさんにできる復興支援なのだという。

高齢の漁師も小さな加工業者もWebを活用することができない。商売っ気にも欠けている。それで仕事を辞めて行く人たちも多いらしい。腕のいい漁師がどんどんいなくなっているそうだ。

「そうなのですね、ドラネコさんすごい」

「いえいえ、私にできることなんて、これくらいしか無いんですよ」

「今日は小さいけど味の濃い牡蠣と、小ぶりの金華サバを持ってきました」

「わあ、美味しそう」

「すすきのさん、お願いしていいですか?」

「ええ、やってみましょう」

「今夜ももう店仕舞いして、みんなでいただきませんか?」

「いや、僕たちは留守番ですから、10時までは開けておきましょう」

「それに、今夜はそんなに飲めそうもないのです。ねえ、つわものさん」

「そのとおりです」

「では、お客様優先で、残りを賄いでいただきますか」

「まずは生ガキですかね」

「あとは〆さばと塩焼き、味噌煮かな」

表の黒板にそれらを書き入れた。通り過ぎようとしていた一人のサラリーマンが、その様子を見ていた。

「どうぞ。いいネタが入ったばかりですから」

「そうですか、では入ろうかな」

ドアを開けて中を覗き込み、おそるおそる店に入って行った。道具箱を店の隅に片付けたつわものさんが、お客さんをカウンター席に通した。

一つ隣の席にはヒーローさんが座っている。

「出張ですか?」

「ええ、そうなんです。向かいのホテルに泊まる予定なんですが、飯がまだでして」

慣れた様子で大人の会話が始まった。またドアが開き、いつもの3人組が入ってきた。

「タコウィンナー大盛りとコークハイ3杯」

私の出番だ。

「これから車で帰るので、今夜はこれで失礼します。今度、マスターの旅の話を聞きに来ますよ」

牡蠣とサバの代金は、マスターから直接受け取ることになっていると言った。ドラネコさんは律儀に代金を支払って、コーヒーを一杯飲んで帰って行った。

純烈のオヤジさんたちとはちょっと雰囲気の異なる、髭をたくわえたワイルド系のオヤジさんだった。

すすきのさんに調理台の前で下ごしらえを教えながら、彼もまた大型バイクに乗っていると話していた。

牡蠣の殻と格闘しているすすきのさんの隣で、私はタコウィンナーを大量に炒めている。その横では、ヒーローさんがコークハイを作っている。

つわものさんは、カウンター席に落ち着き、サラリーマンさんと話をしている。

外には小雪が舞い始めた。店の中ではストーブの火が赤々と燃えている。私の周りには暖かい空気が満ちていた。

つづく

★キャラクターをお借りしている皆さま、ありがとうございます_(._.)_

★写真は、3.11後の石巻の路上にて撮影したものです。

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