「どちらが先が良いですかね」
「え?」
「神戸風と広島風、どちらを先に出すと良いかな」
エプロンを付けながら、つわものさんはそう言った。すすきのさんは、ふいに真顔になった。
「そうですね・・・どちらかというと広島よりあっさりしているこちらが先でしょうか、いやボリューム系の広島かな・・・」
「ボリュームがあるとはいえ、いくらでも食べられますよ、広島系は」
なにやら妙な空気が流れている。2人は真顔で腕組みをして考えている。
「まあ、ノリでいきますか」
「ええ、そうしましょう」
「まずは最初につわものさんの広島風でいかがでしょうか」
「ええ、そうしてみましょう。まずは2組分ですね」
「では、私は座って腕前を拝見するとしましょうか」
みごとな手つきで広島風お好み焼きが2組分焼けた。見るからにおいしそうだ。半人前づつ人数分、皿にとりわけテーブル席へ運んだ。
「お、美味い!」
「おいしい、本場の味みたい」
客席からは称賛の声が上がる。つわものさんは満面の笑みだ。
腕まくりしたすすきのさんがカウンターの中へ入ると、つわものさんはカウンターでハイボールを飲み始めた。留守番用の宮城狭の1本目が1/3ほど残っていた。
「さあ、焼きますよ」
「見せていただきましょう、腕前を」
「私たちも早く食べたいですね。お腹が空いてきました」
2皿目を客席に運び、こちらは神戸風だと言うと、どちらの客も同じようなことを言った。
「神戸風なんてあるんですか?」
「初めてです!」
そしてまた、一口食べると満足した声をあげるのだった。美味しい、と。カップルの女性は、映えると言いながらスマートフォンで写真を撮っている。
それから5名ほどのグループを含む3組の客が来て、すべてお好み焼きセットを注文した。汗だくになりながら、2人の留守番さんは腕を振るった。
21時を過ぎると客は途切れた。ひどい寒波が来ていて、外には雪が積もり始めていた。暖房をつけている店内も隙間風が入るのか、足元が冷える。
私は外に出て、営業中の看板を下ろした。
「では、いよいよ我われの賄いを作りますか」
「ええ、そうしましょう。腹が減りました」
「材料は残っているんですか?もう、待ちくたびれましたよ」
つわものさんがカウンターに入った。広島風のお好み焼きの順番が先になったまま、ずっと変わることはなかった。
ボリュームがあるように見えるが、どちらも生地は薄めでキャベツの量が多いせいか、嫌な満腹感は無いのだそうだ。
どちらかというと、神戸のお好み焼きは見た目にこだわりがあるように見えた。具材がトッピングされている感じだ。
「まずは広島、いただきましょうか」
「美味しい!さすがですね」
「うむ、負けず劣らず、いい勝負してますな」
焼きそばが見事に薄い生地の中に納まっている。つわものさんは、ちらりとすすきのさんに視線を向けた。微かに闘志がのぞいた。次は神戸風のすすきのさんの番だ。
「これも美味しい!」
「たしかに。甲乙つけがたいですな。広島が一番には違いないですが」
つわものさんの一言がすすきのさんの心に火を点けた。3人並んでカウンターに座り、2種類のお好み焼きを食べている。
つわものさんは宮城狭のロック、すすきのさんと私はハイボール。2人の留守番さんは、お互いの住む町のお好み焼きについて熱く語り合っている。
酔うほどに、会話は同じ話を繰り返し、2人の声は大きくなり、まるで仲の良すぎる中学生の喧嘩のようになってきた。
私はまた会話の外にいる。しかし、程よく酔いがまわり、明日はパートも店も休みだという開放感に浸って上機嫌だった。
ふいに、すすきのさんのスマートフォンが鳴った。かなり酔っているすすきのさんは、スマートフォンを床に落としてしまった。
スツールから降りて拾おうとして少しよろけた。瞬間的に腕を取って支えようとしたつわものさんも、つられて椅子から滑り落ちそうになった。
2人はかなり酔っている。再び席に着いたすすきのさんは、スマートフォンに指をスイスイと滑らせながら言った。
「マスターからメールが入りました」
「おお、何て言ってますか?」
「今日は、とんずらさんとKくんと沖縄本島に到着して、那覇で飲んでいるそうですよ。那覇のジョージレストランで、ステーキとオリオンビールだそうです。ロブスターも。明日から、いよいよ沖縄本島一周だそうです」
「わお、米軍時代からやっているお店ね。彼らにお似合いの選択だわ。たしか、アップルパイも美味しいとテレビで言っていたはず」
「肉ですか、いいですね。明後日のメニューは肉にしましょうか」
「肉と言えば神戸牛。美味いですよ」
「いやいや、広島にも美味い牛肉があるんですよ」
また2人の世界が始まった。2人はかなり負けず嫌いのようだ。
1本目の宮城狭は空となり、酔いながらつまみを作ったすすきのさんの勧めで浦霞の登場となった。
つまみは地元産の魚介の刺身とホヤだ。ホヤは鮮魚店でさばいてもらったそうだ。味は私が頑なに酢醤油、あるいは醤油のみで食べることを勧めた。
「うむ、これがホヤの味ですか。衝撃的な初体験ですな。しかし、慣れたらクセになりそうな気もします」
「ちょっと水を飲んでみてください」
私はチェイサー用に用意していた水をグラスに注ぎ、つわものさんに渡した。
「おお、水が甘い!」
「そうなんですよ、不思議ですよね」
「え?そうなんですか。僕もやってみよう」
彼らは好奇心も旺盛だ。酔った私には、いい年を取った、言うならばオヤジである2人が、もはや中学生にしか見えなくなっていた。
こうして和気あいあいと食べる刺身は妙に美味しい。酒もまた美味いのだった。ひとり満足していると、急にすすきのさんが話題を変えた。
「ところでトナカイさん、いや、カモシカさんだった。明日の予定はどうなっていますか?」
「え?」
「私はこちらの友人と東北ツーリングを計画してたんですが、この雪なので中止にしました。替わりに友人の車で温泉巡りをすることにしたんです」
「そうですね、この雪ではバイクは無理でしょう」
「いいですね、温泉巡りですか」
「つわものさんも近場のツーリング予定を中止するそうなので、一緒にどうかと誘ってるんですよ」
「トナカイさんも良かったらどうですか?男の中にひとりじゃ嫌かな?」
「温泉ですか、良いですね・・・行こうかな」
「行きましょう。ぜひ」
「つわものさんも、ぜひ」
「ではそうしましょうか」
ふいに思い出して、私はすすきのさんに質問した。
「なぜ、すすきのさんは料理がお上手なの?」
「そうですね、人間は食べないと生きられない。ちゃんと生きるには、ちゃんと食事をすることだと思うんですよ。どうせなら美味しく食べたいでしょう?そういうことです」
「すばらしい考えですね」
「私はお好み焼き以外は、キャンプ飯くらいですね。あとはすべて妻まかせです。すすきのさんを、尊敬いたします」
つわものさんは畏まってそう言った。すすきのさんは、そろそろ酔いが覚めてきた様子だ。
私は何かを忘れているような気がしたが、よろけながらスツールを降りると皿洗いを始めた。他にも、誰かに何かを尋ねるつもりだったような気がするのだが。思い出せない。
カウンターの2人は、今度はオートバイ談義を始めている。お互いの自慢話から、事故経験、これまで乗ってきたオートバイの車種やメーカー、話題は尽きない。
しかし、私が聞きたい肝心の話が出てこない。しかも、何が聞きたかったのすら思い出せない。やっかいだ。
彼らの楽しそうな様子を見て、私も嬉しい気持ちになっていた。つわものさんは、もう眠そうだ。
皿洗いを終えたら、店じまいをしよう。2人の留守番さんは、目の前のホテルに直行するので心配はいらない。私はタクシーで帰ろう。
明日の朝は10時に店の前で集合となった。
人と一緒の車での移動は実は苦手なのだが、オートバイ乗りという人種にとても興味がわいている。なにより、この季節の温泉は格別だ。
何をするにも楽しもうとする彼らと一緒なら、きっと楽しい時間を過ごせるに違いない。たまにはそんなひとときも良いだろう。私の心も少し、素直になってきたようだ。
つづく
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