2人のオートバイ乗りは白石城で無事落ち合うことができた。2人とも身体が冷えていたので、温泉へ立ち寄ることも検討したが時間が足りなかった。
遅い昼食に白石城からほど近い老舗で白石温麺を食べ、4号線バイパスをひた走ってバーの前のホテルにチェックインした。
意気投合したすすきのさんとつわものさんは、それぞれの部屋で熱いシャワーを浴びると、バーから歩いて20分ほどの仙台朝市へ向かった。
主要駅からも近い市の中心部にある生鮮市場だ。見ているだけで楽しい様々な生鮮品がたくさん並んでいる。人が数人並んでいる揚物屋でコロッケを買って食べた。
東北からはるか離れた地方の2人は、見たこともない野菜や魚介類を感動しながら見て回った。
「これがホヤですか」
「そうですね。まったく奇妙な形をしています。昨日食べましたが、味も不思議な味でしたよ」
「牡蠣も広島のものとはなんだか違いますね」
「それにしても、いろいろなものが安いですね。それに、食材が豊かだ」
活気のある市場の雰囲気を楽しんだ2人は、気に入った食材をそれぞれ仕入れると、歩いてbar‐nへ向かった。
昼過ぎ、カップ麺を食べ終えた私はガレージでコーヒーを飲んでいた。珍しくマスターからショートメールが入った。
店はどお?店番さんとはうまくやってる?今日も一人到着してるはず。
それだけの内容だった。店は大丈夫。私は、楽しくやってるわ、とだけ返信した。収支は不安でしかないのだが。
午後4時にバーの扉を開ける。2人はまだ到着していないらしい。
暖房を入れて、看板に書いた昨日のメニューを消していると、2人の男が聞きなれない言葉遣いで話しながら歩いてきた。
1人はすでに顔見知りのすすきのさんだ。ということは、もう1人が西からやってきたつわものさんか。
2人とも背が高くがっちりした体格で、整った風貌をしている。マスターの知り合いは、気のせいかかそんな人たちが多い。
いや、オートバイ乗りの大半がそうなのかもしれない。年齢を感じさせない独特の雰囲気と、覇気のあるオーラを身にまとっているように感じる。
「こんにちは」
「やあ、初めまして」
「こちらが私より西からやってきたお方ですよ」
「はるばる遠くから、お疲れさまでした」
「いえいえ、これからが本番ですよ」
人好きのする笑顔でつわものさんはそう言った。この人もまた、穏やかな大人の落ち着きが感じられる。
やがて2人の男たちが中学生のようなはしゃぎっぷりを見せるとは、その時は想像もできなかったのだが。
男たちは大きな買い物袋をいくつも提げていた。バーへ入るとカウンターに袋の中身を並べ始めた。
魚介類、野菜、肉、なぜか小麦粉の袋もある。果物も。今夜は何が始まるのだろうか。
やれやれという気持ちと共に、私はとても楽しみなワクワクした気持ちになっていた。明日も仕事が休みだから、今夜は飲ませてもらおう。
初対面だというのに、2人の男たちは会話が弾んで止まらない。そばで聞いていると、どうやらつわものさんは過去に大けがを何度もしているらしい。
腕まくりをしてすすきのさんに傷跡を見せたりしている。すすきのさんの反応は、かなりショックを受けているようだった。
「これはかなわないや」
「そうでしょう」
驚いているすすきのさんに、つわものさんは嬉しそうに微笑んだ。私は会話の外にいる。視線を向けると、つわものさんはそそくさと袖を下ろした。
仕方がないので、店内の拭き掃除を始めた。今夜もつまみの料理は彼らに任せておけば良さそうだから。
そんな私に気づいたのか、すすきのさんが大きな声で言った。
「今夜は飲みましょう。後で2人の男のお好み焼き対決をしますから」
「お好み焼きって、大阪と広島の違いだけじゃないんですか?」
「ええ、神戸には神戸のお好み焼きがあるんですよ」
「そうなんですか、それは知らなかったです」
2人の会話はとめどなく続いている。カウンターに並べた食材を、今度はカウンターの中に移している。かなりの量だ。
カウンターの中に入ったのはエプロンを付けたすすきのさんだけで、つわものさんは店の中をなにやら観察している。
ひとり頷くと、ちょっとホテルに戻って荷物を取ってきますと言ってバーを出て行った。
ほどなく戻ってくると、つわものさんは無言で店内の椅子などの調度品、壁やドアの修理を始めた。あと1時間で開店なのだが。
持ってきた荷物はかなり大きなバックだった。中には修理道具と共にお好み焼用の鉄板まで入っていたことを後で知った。
2人と相談することなく、私は看板にお好み焼き食べ比べセットと書いた。同時に2つは焼けないから、時間差で提供すればよいだろう。
すすきのさんは、お通しや小鉢用の料理の下準備をしていた。
メニューの予定を聞くと、帆立のバター焼き、ちぢみほうれん草とベーコン炒め、タラと白菜のクリーム煮ガーリックトースト添え、お通しは鹿島台産のミニトマトのカプレーゼなどとのことだ。
それらも看板に書き入れた。まるで洋食店のようだ。いつもは来ない客が来そうだ。
ほどなく開店の時間となった。つわものさんは、カウンター席に落ち着き、バッグの中身をごそごそとかき混ぜている。
「さあ、こっちは一段落したから、焼きますか?」
「まず、一杯いただいても良いですかね」
「あ、そうですね。まずは3人がここで出会った記念に乾杯しますか」
「お客さんが来る前に」
「そ、そうですね・・・まずはビールで良いですか?」
「じゃあ、軽くつまみも用意しましょうか。味見も兼ねて」
私はカウンターから立って、缶ビールを3本カウンターに置いた。中皿に何種類かの料理がほどよく乗せられていた。
「乾杯!」
「奇跡の出会いに、乾杯!」
「やっと来られた東北に乾杯!」
つまみは、どれもとても美味しかった。すすきのさんは、まるで店の主人のようだ。つわものさんは、本当に美味しそうにビールを飲んでいる。
ビールを飲み干す前に、ドアが開き、カップルが一組とサラリーマン風の2人組が入ってきた。いずれもオートバイとは無縁のような人たちだった。
今夜は忙しくなりそうだ。時計は午後6時を過ぎたばかりだった。
「お好み焼き食べ比べセットをお願いします。あとビール1本」
「ハイボール2杯とお好み焼きセット2人分で」
どちらの客も、お好み焼きセットを注文した。いよいよつわものさんの出番だ。
私は用意しておいたエプロンを彼に渡した。
今夜はつわものさんがオートバイに乗り続けてきた理由を聞くのだ。疲れ果てて酔いつぶれないようにしようと心に決めた。
つづく
キャラクターをお借りしたお方、ありがとうございます。
注:写真は仙台朝市ですが、季節は七夕の頃です。
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