「マスターの大事な店と大事なお方ですから、信頼できる人間ばかり選んでいるはずです」
すすきのさんはそう言った。今日はパート仕事へ行く日だから、バーへ行く時間は午後の6時頃になる。それより前に店に行ってくれると言うのだ。
信頼して良いだろうかと悩んだが、すすきのさんの一言で任せることにした。マスターも承知の上らしい。
夕方までオートバイでそのへんを走って来るとも言っていた。翌日は、例年より気温が高い曇りの日だった。
すすきのさんは早朝から塩釜へ向かい、水産物仲卸市場へ入り浸っていたらしい。もちろん、朝食にマイ海鮮丼とまぐろのあら汁を食べてきたとのことだ。
昼ごはんには、市場の隣にある間宮商店から海おむすびを買ってきて店で食べた。多めに買ってきて、夕方店に行った私に鮭とホヤのおむすびをくれた。
空腹だったので、大きな具がたっぷり入っているおむすびは、とても美味しかった。
その夜は、常連の3人組がやってきた。マスターがいないことにも気づかない様子でタコウィンナー大盛りを注文してビールを飲み、げらげら笑いながらおしゃべりをしていた。
店のことが気になったらしく、平日なのに助っ人さんも顔を出してくれた。すすきのさんとバイク話を楽しんで、ペスカトーレをうまいうまいと言って食べ、ビールを1杯飲んで帰って行った。
留守番がかなり頼りになること知って安心したらしい。またずっこけるのではないかと、私のことも心配してくれていたようだ。
緊張もほぐれてきたらしく、暖かい店内のカウンターの中は、私にとって居心地の良い場所になりつつあった。
今夜も塩釜港で仕入れた魚介類で、エプロン姿が妙に似合うすすきのさんは腕を振るっている。ペスカトーレだ。三陸はムール貝の産地でもある。
店頭の黒板に、限定10食と書いてメニューに書き加えた。意外なことに、ペスカトーレ目当てに入ってきた初めての客が2組あった。この店で、二度と食べられない幻のペスカトーレだ。
さて、明日はつわものがやってくる。すすきのさんは朝からオートバイで東へ向かい、荒浜から相馬方面へ、東日本大震災の震災遺構を巡る予定だと言っていた。
午後は白石城でつわものさんと合流し、バーへ直行すると言う。つわものさんは、酒を飲んでもすぐ帰れるように、バーの前のホテルを予約しているらしい。
もちろん、酒を酌み交わす予定のすすきのさんも、明晩は同じホテルに宿泊だ。
明日の日中、ぽっかり時間が空いた私は、ここ数日行っていないハマさんのガレージへ行き、コーヒーでも飲もうかと思う。シャッターも開けてあげようか。
西から来るつわもの、どんな人なのだろう。途中宿泊しながらとはいえ、片道1200キロを走り通してくるオートバイ乗り。お会いするのが楽しみだ。
彼にも聞いてみよう。
なぜオートバイに乗り続けているのかと。
つづく
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