「数日後には、私よりさらに西の方から一人やって来る予定だそうですよ」
「そうですか。今度はどんなお方なんでしょう」
「カモシカさんとほぼ同年代だと思うんですけど、一度もオートバイを降りなかった、本物のオートバイ乗りですよ」
「それはすごい」
すすきのさんは、三陸から仕入れてきた魚介類でいくつかの手の込んだ料理を作ってくれた。
パエリヤ、牡蠣のアヒージョ、タコのカルパッチョ、タコとアワビの刺身。そして、焼き牡蠣とホヤ酢。
ホヤ酢の味は私が決めた。すすきのさんは三杯酢だと言ったが、私は酢醤油でと言った。
「すごい、美味しそう!ところで、誰が食べるのですか、このお料理は」
「あなたと僕と、これから来るお客さんたち、ですかね」
何か嫌な予感がした。
「お客さん、来るでしょうかね」
「ええ、来ますよ。とりあえず、3人は来ます」
どうやら、地元に知り合いがいるようだ。すすきのさんの旅の目的の一つは、彼らに会うことでもあったのだ。
「店番しませんか?」というマスターの呼びかけをSNSで読んで、いろいろと妄想が膨らんだらしい。
今まで遠くてなかなか行けなかった東北の道をオートバイで走ること、会おう会おうと言って会えなかった友人に会うこと、新鮮な魚介類の数々。そして、褒美の美味い酒。
旅の理由としては十分すぎる。そう、すすきのさんは思ったそうだ。
マスターは、地元産のウィスキー宮城狭を5本と角を6本、ビールを5ダース、浦霞を2本ほど店番さん達のために用意していった。
店番は無給だが、酒は自由に飲んでもらっていいと言い残していった。店番用と書いたプレートが3つ用意されている。
ウィスキー2種と日本酒用だ。
ほどなくやってきた3人は、仕事つながりが1人、学生時代の旧友が1人、オートバイつながりが1人。
3人は互いに初対面で、年代もまちまちだ。すすきのさんの人柄とマッチする穏やかで愉快な人たちばかりで、宴は楽しく盛り上がった。
すすきのさんの作った料理はどれも完璧に美味しく、見た目にもとても綺麗だった。
その夜、一般のお客さんは来なかった。
3人が帰って片付けが済み、カウンターに座ってスマートフォンを見ていたすすきのさんが言った。
「西のつわものは、明後日到着予定だそうですよ。今夜は富士山の麓に宿を取ったそうです」
「当然、オートバイなのですよね?」
「もちろん。久しぶりに見た富士山に大感動したと呟いています」
「僕はその彼と入れ替えに、さっきの一人と東北を少し走って、その後仙台港からフェリーで名古屋へ向かって帰路につきます」
「雪が降らなければいいですね。太平洋側ならほぼ大丈夫だとは思うけど」
「明後日は、西のつわものとここで会ってみたいと思っています。その夜も飲みますよ?」
「ぜひ、そうしてください」
「ところで、すすきのさんは、なぜオートバイに乗っているのですか?」
「え?なぜって・・・」
「何がきっかけで乗り始めたの?」
「うーん、なぜなんだろう、どうしてなんだろう・・・」
「あ、それ知ってる」
「あなたはどうなんですか?」
「え、わたし?」
「どうしてバイクに乗り始めたのか覚えてますか?」
「覚えてますよ。片岡義男の『幸せは白いTシャツ』を読んだのです。その中の写真に私が似ているという人がいたから、読んでみたかったのです」
「なるほど、女性を2通りに分けたら三好礼子氏と同じグループに入りますな、たしかに」
「さすが、関西のお方。冗談が通じて嬉しいわ」
「写真もさながら、片岡氏の物語に引き込まれて、既に自分も旅をしている気持ちになりました」
「それからはもう、衝動です。オートバイのことしか頭にありませんでした」
「そんなもんですよ。私も。目の前を走って行ったオートバイを見て、カッコいいなと思ったら、そのことしか考えられなくなった」
「理屈ではないってことですかね」
「そうなんでしょうね」
カウンターには浦霞と宮城狭。今夜は地元の酒が人気だった。どちらも残り少ない。
これから2週間のあいだに、何人の店番さんが来るのやら。酒は足りるのだろうか。
そう思いながら、私は缶ビールを開けた。
つづく
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