東北の太平洋側らしい冬晴れのある日、私は仙台港にいた。
「いよいよね」
「ああ、いよいよだ」
沖縄への旅を計画していたマスターは、時間と体力と予算の都合で、名古屋までフェリーで行くことに決めた。
日本一周中のとんずらさんとKくんとの合流は、鹿児島新港の予定だ。
しかし、四国を走っている2人の日程によっては、途中で合流する場合もあると言う。
「店のほう、頼んだぜ」
「はい、かしこまりました」
「さっそく今夜から、よろしくな」
「今夜は練習よ。ドアを開けて風を通して、水道の水を流して、タコウィンナーを作って、コークハイでも飲んでるわ」
「あ、言い忘れたけど、今夜、助っ人が来る予定なんだ」
「え?あの助っ人さん?」
「そうじゃなくて、店の手伝い。SNSの知り合いだよ」
「もうこっちに来てて、三陸に走りに行ってる。もうすぐ見送りに来ると思うんだけど」
「急な話ね。緊張してきたわ。今夜から2人でお店をやるのね」
「まあ、そんなに真面目に考えるな」
「料理の達人だから、なんか作ってもらって食ってろ。三陸で食材仕入れてくるはずだ」
「それは楽しみ」
「毎朝、家族の弁当作って、ときどきご馳走も作る、家族思いのパパさんだよ」
「そうなのね」
「ウィークポイントは、おんな好きなとこかな。たまにすすきのあたりに遊びに行くらしい」
「そうなの?どんな人かしら」
「店番しながらいろいろ聞くといいさ」
「遠くからいらっしゃったの?」
「けっこう遠いかな。近いと言えば近いけど。陸を走って来れる場所」
「お、来たか」
一台のオートバイが、こちらへ向かってゆっくり走って来る。
「おお、お久しぶりです。いよいよですね」
「はい、おかげさまで、俺もようやく旅に出られます」
「あ、こちらが・・・カモシカさん、ですね?」
「あ、初めまして・・・」
年頃はマスターと同じくらいか、もう少し下か。オートバイ乗り特有の若々しさに溢れている。
彼のオートバイのリアシートには、白い大きな発泡スチロールの箱が積んであった。
「遠くからいらしたとか?」
「いえいえ、ほんの900キロ程度ですよ。今日は仙台から三陸方面へ、往復で200~300キロくらい走りました。マスターのおかげでいい旅ができそうですよ」
「知人の店番を理由に旅に出た男、第1号ですね」
「旅に出る理由をいただけてありがたかったですよ」
「オートバイ乗りの誰もが、大きな旅をする小さな理由が必要なんだ」
マスターは、急に真面目な顔でぽつりと言った。いつもとは違うきりっとした顔をしている。
当然ながら、誰もがおねえさんに会いに来る、店を手伝いに来る、それだけのためにやってくるわけではないだろう。
「そろそろ乗船時間かしら」
「そうだな、じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、良い旅を!」
「行ってらっしゃい。なんか、涙が出そうだわ」
彼は旅立った。船がどんどん仙台港から沖へ向かって進んで行く。
ずいぶん昔、沖縄から東京へ向かうフェリーの上で泣いていたことを、ふいに思い出して涙が流れた。
「じゃあ、あらためて、よろしくです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
タンデムで店まで行きましょうか、とすすきのさんは言った。しかし、リアシートには大きな荷物が積んである。
シートに隙間はあるが、乗って行く自信は無かった。
バスで駅へ向かい、そこから店まで歩く。すすきのさんは、私が店のドアを開けるまで店の前で待機していると言う。
荷物を下ろし、オートバイをマスターの家に置きに行って再び店に来る。すすきのさんは、昨夜からマスターの家に泊まっているそうだ。
彼らの旅は始まり、私の心の旅も始まった。
つづく
キャラクターをお借りしたお方、ありがとうございます。
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