「コーラにする?」
「はい、お願いします」
「アイス乗せちゃう?」
「あ、はい」
「腹へってる?」
「はい」
「お任せでいいかな?」
青年は、ほぼカウンターの中の彼の言いなりになっている。離れて座っているのに、こちらまで緊張が伝わってくる。青年が小さな声で言った。
「Sさん、ですね?」
「もしかして、君はK君か?」
「そうです」
「やっと会えたね」
「はい」
とんずらさんは少し驚いているようだった。2人のぎこちないやり取りが始まった。だけど、とても深い思いを感じる。彼らのこれまでの事情を少し知っているからだろうか。
「はい、コーラフロートWアイス乗せ」
「わあ、すごい!」
青年の前に出されたコーラフロートは、生ビールのジョッキほどの大きさのグラスに入っていた。丸いアイスクリームが2つ乗っている。
彼の提案はまったく正解だ。アイスクリームは人の心と身体の緊張を瞬時にほぐしてくれる。仏頂面の私でさえ、アイスクリームを食べると子どものような無垢な表情になるらしい。
「フォトカード、ありがとうございました。すごくカッコ良かったです、Sさんも、父も」
「若かったからな、俺たちも。もう今は、爺さんだ」
「そんなことないです。今でもカッコいいです」
カウンターの中では、何かを炒める音がしている。またタコのソーセージが乗った麺類だろうか。ソースの香りが漂ってきた。
「はい、ソース焼きそば、タコソーセージ乗せ」
「皆さんもどうですか?」
「食べたい!いただくわ」
「私はソーセージだけ貰おうかな。元妻とラーメンを食べてきたばかりなので」
「あら、奥様もいらしたら良かったのに」
「いや、もう他人ですから。この店は自分だけの居場所ですし」
視線を青年の方に向けると、無心で焼きそばを食べている様子に見えた。とんずらさんは、ゆったりとウイスキーのロックを舐めている。
ビールを2本飲んだ後、自分のボトルを飲み始めた。ボトルのラベルには、山崎と書かれている。とんずらさんが静かに言った。
「君は今、Wに乗っているのか?」
「ええ、父のカワサキに乗っています。今日も乗ってきました」
「そうか、店の前にとめてあるのか?」
「はい」
「今夜は飲んでしまったから無理だな」
「え?」
「自分もW乗りに戻ったばかりなんだよ」
青年はきょとんとしている。とんずらさんが今まで乗っていたのがハーレーであることを知らないのだ。ずっとW650に乗り続けてきたと思っているらしい。
「良かったら、今度一緒に走ろう」
「はい、ぜひ」
傍から見るとさほど盛り上がっていないように見えるが、2人は自然に打ち解けたらしく、昔話や愛車の話題をぽつりぽつりと話し続けている。
青年はとんずらさんと父親の約束のことを知っているのだろうか。日本一周するという約束を。聞くともなく聞いていると、彼らの会話にその話題は出てこない。
もどかしい思いで、私は濃いめのコークハイを飲みながら焼きそばを食べていた。いつものことながら、彼の作る料理はまんざらでもない。
カウンターの中の彼も何かを飲みながら、2人の男の会話を聞いていないそぶりで、しっかり聞いている様子だ。私の顔を見て目配せする。彼もまた、もどかしい思いをしているのだろう。
おわり
続くでしょう
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