彼はそこにいた natsu

 

「会って来たのよ」

「誰に?」

「スーパーウーマン」

「なんだそれ」

 

外は曇り空。日本中のどこよりも、いや北海道の一部と同じくらいこの街の夏は涼しい日がたまにある。店のドアが開放してある。いい風が入るのだと彼は言った。

 

SNSで知り合った女性がいる。ホンダのオートバイをこよなく愛する、本物のオートバイ乗りだ。本物のという意味は、10代からずっと乗り続けてきたからだ。

 

こんな涼しい日にも、角のハイボールは文句なく美味い。小皿の上にはシンプルなミックスナッツに、見たことのないドライフルーツが添えられていた。

 

「natsuさんて言うの」

「へえ、バイク歴33年か。筋金入りだな」

「そうなのよ。関東から北海道まで走り通して、その帰りにこの街に立ち寄ってくれたの」

 

「何日で北海道まで行ったんだ?」

「行きは、パーキングエリアで休憩するだけで直行よ」

「1000キロ越えだろ?」

「函館までで900キロと少しよ。それくらい、彼女には平気らしいわ」

 

「彼女はSSTRにも参戦したの。太平洋側の海岸から日の出とともにスタートして、石川県の千里浜の夕陽が沈む前にゴールするというラリーなの」

「知ってるよ。前にも話しただろ。この店のお客さんも何人か参加してる」

「それがね、彼女には千里浜が一つの通過点だったのよ」

「どういうことさ?」

 

natsuさんは、関東の東端から日の出とともにスタートして、日没4時間前には千里浜にゴールした。受け付けを済ませると、休む間もなく次の目的地へ向かって走り出したのだ。

 

「え、どこへ向かったって?」

「四国よ」

「関東から北陸へ行って、それから四国へだって?」

「そう。だからスーパーウーマンなのよ」

「そりゃ、すごいな」

 

「ところで、キューカンバーサンド食うか?」

「わあ、ずいぶん昔に横浜のジャズバーで食べたのが最後だわ」

「なんだ、知ってるのか」

「ええ、きゅうりを挟んだだけのサンドウィッチなのに、とても美味しいのよね」

 

「で、どんな話をしたんだ?スーパーウーマンと」

「お土産の交換をしてからは、北海道の話をたくさん聞いてハイテンションになっちゃったわ。お酒も入って何が何だかわからなくなっちゃったの。ただ、げらげら笑っているうちに日が暮れたのよ」

 

「どこで飲んだんだ?うちに来れば良かったのに」

「ええ、蔵王の麓のキャンプ場よ。頑張ってレンタルバイクで行ってきたの」

「現地待ち合わせで、食べたいものと飲みたいものを持ち寄って」

「キャンプか、いいな」

 

扉が開いている入り口から一人の青年が入ってきた。ヘルメットを持っている。先日の無口な青年だ。あの日と同じ、入り口近くの丸テーブルの席に着いた。

 

「いらっしゃい」

 

カウンターの中の彼は、瓶入りのコカ・コーラと冷えたグラスを持って行った。

 

「今日はどうする?いつものでいい?」

「はい。お願いします」

 

それだけの会話が聞こえてきた。カウンターの中に戻ると、料理を始めた。またあの日と同じ音と匂いがする。タコウィンナーの乗ったナポリタンに違いない。

 

丸テーブルの彼は、デイパックから取り出した漫画本を読んでいる。

 

「彼はね、実は、とんずらさんの親友の息子さんなんだよ」

「え、そうなの?」

 

ナポリタンが出来上がった。湯気の上がっているナポリタンの大盛りが、丸テーブルの青年の前に置かれた。ナポリタンの上には、赤いタコウィンナーが3つ乗っている。

 

「とんずらさんと、親友の息子さんは会ったことがあるの?」

「それがさ、まだなんだよ」

「だけど、息子さんはなぜこの店に来ているの?」

「話せば長くなるんだけどさ・・・」

 

久しぶりにコークハイが飲みたくなった。一杯だけ作ってもらって飲んでみた。美味しかった。キューカンバーサンドにとても良く合った。

 

 

おわり

つづくかもしれない

 

補足

スーパーウーマンは実在の人物をモデルにしました。夏の一つ手前の季節のアカウント名の女性です。実際には千里浜でちょっとだけお会いしました。

haruさん、ありがとう。

 

 

 

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