「夏になるとさ、沖縄を思い出さないか?」
ソーミンチャンプルーを目の前に差し出しながら、彼は言った。懐かしい料理だ。物凄くシンプルだが、喉が鳴るほど美味い。沖縄を旅した時に、あまりの質素さに呆れながら食べ、その美味しさに感動すらした料理だ。
「これ、旅から帰ってから何度も家で作ったわ。簡単なのに、あの味をなかなか再現できないのよ」
今夜のお通しは、ミミガーと胡瓜の和え物。よほど沖縄が恋しいのだろう。そういえば、旅したのは今より少し前の季節だった。沖縄は梅雨明け前で、雨ばかり降っていた。つかの間の晴れに、私はオートバイで彼と海水浴に行ったのだ。
先週末に新しいボトルを入れた。一番安いサントリー角だ。ロックやストレートではなくハイボールで飲みたいなら、それが一番賢明な選択だと彼が言ったのだ。
相変わらず氷は使わない。炭酸が薄まっていくようで嫌なのだ。そして、角ハイボールはとても美味しい。
「これ良かったら食べて」
白いシンプルな皿には、生クリームの上にたっぷりフルーツを飾ったケーキが乗っていた。
「誰かの誕生日?」
「忘れたのか?」
「あなたの?」
「いや、俺たちの記念日じゃないか」
「え?」
「嘘だよ。常連さんの誕生日なんだ。ユニークな人でさ。自分で自分の誕生日にケーキをいくつも作って、あちこちに配るんだ」
「その人の座右の銘がさ、人生は少し損するくらいがちょうどいいって言うのさ」
「それは、どういう根拠なのかしら」
「何やら金持ちになる法則ってのがあってさ、そのうちの一つらしいよ」
「『繁栄の法則』とかいう本があるらしいんだ。会社の社長だから、そういう本とか読むんだろうな」
「で、何が面白いってさ、彼の愛車はハーレーダビッドソンなんだけど、ハーレー仲間の間では、ハーレーチョビットソンと呼ばれているんだそうだ。笑えるだろ」
「まあ、可愛らしい」
「だから、ボトルのプレートにもそう書いてある」
「でさ、それだけでは終わらないんだ。キープしてる酒が、これまたユニークなんだよ」
「EHINGER KRAFTRADのジンARCHAEOLOGISTっていう酒でさ、瓶の中にハーレーの部品が入ってたりするんだ」
「酒の中にハーレーの魂(スピリット)を漬け込んじまえってコンセプトだそうだ。不味そうだろ」
愉快そうに笑いながら、彼は「はーれーちょびっとそん」と書かれたプレートをぶら下げた、異様なボトルをカウンターに置いた。本当に瓶の中の液体に部品が入っている。ちょびっとそんさんは、自分でその酒を持参してキープしたのだそうだ。
「最初に酒の名前を聞いたときに、俺、知らなくてさ。うちには無いですね、と言ったんだよ。仕入れ先を調べても無くてさ」
「これ、本当に飲んでいるの?ちょびっとそんさんは」
「それがさあ、飲まないんだよな。いつも飲んでるのはビールだけ」
「ほら、キャップすら開いてない」
角ハイボールの二杯目を自分で作りながら、ちょびっとそんさんのことをイメージした。自分でケーキを焼くハーレー乗りの社長。どんな人だろう。とても会ってみたい気持ちになった。いつかこの店で会うことがあるだろうか。
おわり
続くかもしれない
補足
「ハーレーちょびっと損」と呼ばれるハーレーに乗っておられる方が実際におられます。SNSで知り、気にいってしまい、その名称を使わせていただきました。
Jack @Jackbeat_1962 さん、ありがとうございます。
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