彼はそこにいた とんずら114

 

 

「とんずらの由来は何なのですか?」

 

私は、スツール2つ向こうの男の前に置かれたボトルのプレートを見ながら、誰にともなく質問を投げた。

 

「これですか、私が乗っているバイクの名前が由来なんですけどね」

 

白髪混じりのリーゼントの男は、こちらを向かずにぽつりとそう言った。

 

彼の乗っているオートバイはHARLEY-DAVIDSONのBREAKOUT™ 114というものだそうだ。

 

マスターがそれを聞いて、ブレイクアウトをスマートフォンで検索したら「とんずら」という言葉がトップに出てきた。

 

これはいいやということで、マスターは彼のボトルに掛けるプレートにさっそく書き入れたのだ。

 

「そういうことなのですね」

「あなたのは何て書かれているのですか」

「私のはカモシカです」

「それはどういう由来で」

「やはり、昔乗っていたオートバイの名前から付けたそうです」

「セローですか。ヤマハの」

「そうです」

 

「なるほど、そうか、あなたがどしゃ降りの人ですか」

「え?」

 

カウンターの中の彼を見ると、頭を掻きながらにやにやと笑っていた。

 

「土砂降りの中を一緒に走って惚れられた、とマスターは言っていました」

「は?」

 

たしかにそれは嘘ではない。しかし、酒のつまみにされていたとは。私は多めにジンソーダを飲んだ。

 

「いや、失礼」

「なぜ、秋田出身のマスターが仙台でバーをやっているのかと聞いたんですよ。その流れで沖縄のことを聞いてしまいました」

「そうなのですね」

 

とんずらさんは、いったいどこまで知っているのだろう。カウンターの中の彼は、いったいどこまで話をしたのだろう。

 

「とんずらさんは、どちらからいらしたのですか?地元ではなさそうですが」

「あ、わかりますか」

「ええ、言葉が東北ではないですね」

 

「これでも標準語のつもりなんですけど、滲み出るものがあるのかな。兵庫ですよ」

「お仕事か何かでこちらへ?」

「まあ、そんなところです」

 

ウイスキーのロックを一口含み、彼は視線を遠くに飛ばした。それ以上は聞くな、彼の横顔にはそう書かれているように思えた。

 

扉が開いて、今度こそはいつもの3人組がやってきた。女子の姿は無い。こころなしか、彼らの様子は寂しげに見えた。

 

カウンターの中の彼は「カタナとゆかいな仲間たち」と書かれたプレートのボトルとグラスやお通しの小皿を手際よく運んでいった。

 

どこか居心地の悪さを覚え、私は焼きそばを食べ終えてジンソーダを飲み干し、会計をお願いした。

 

「では、お先に」

 

スツールから降りて、リーゼントの男に軽く会釈して店を出た。男の前にあったボトルのラベルには、宮城狭という文字が見えた。外はまだ明るかった。

 

とんずらという名のオートバイが気になって、帰宅してPCで調べてみた。精悍でスタイリッシュで、とても美しいオートバイだった。あの客にとても良く似合っているように思えた。

 

とんずらさんがこの店に来るようになった経緯を、次の週に知ることになった。悲しい話だった。

 

 

おわり

続くかもしれない

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