土砂降りとラッキーストライク

 

たぶんそうだ、あの日関東へ向かったのは、20代の初め頃にふとしたきっかけで知り合った、恋人になりそこなった人に会いに行くためだった。

 

その人は友人の元彼で、友人に呼ばれた飲み会で酷く酔った私を家まで送ってくれた人だった。

 

嘔吐までした私の面倒を見てくれたらしく、ちゃんとお礼を言っておいてね、と友人が言ったから、電話で謝ってお礼を伝えたのだった。

 

それがきっかけで何度か会った。交際が盛り上がるということもなく、その人は仕事で関東へ行ってしまった。

 

忘れかけていた頃に連絡があり、私はオートバイで会いに行くことにした。ただ単に、親戚の関係で安く手に入ったラッキーストライクを届けるという口実で。

 

普通なら国道4号線か東北自動車道を行くのだが、なぜかその日は国道6号線を走って行くことにした。やたらに遠かった。

 

 

 

水戸に差し掛かる頃には日が暮れて、都内に入る手前で土砂降りになった。路面には対向車のヘッドライトが反射して、車線が全く見えない。ゴーグルも曇ってかえって邪魔だ。仕方なく裸眼で走る。

 

ずぶ濡れになりながら、自分は何をしているのだろうかと思った。ここまでして会いたい相手だっただろうか。GAERNEの中も、当然ながら水浸しだ。

 

都内に入る頃には深夜になるだろう。目的地は、そこから更に50kmほど先の場所なのだ。そんな時間に、恋人になりそこなった相手の部屋は暖かい宿になりうるのだろうか。

 

レインスーツの中にも雨が入り込む頃、頭が現実に戻って冷静になった。宿を探した。古い建物に「旅館」という看板が見えた。あまりいい雰囲気ではない。

 

しかし、もう身体の冷えは限界だ。早く熱い湯に浸かりたい。空腹でもある。何か食べたい。

 

宿に入ると、怪しげな雰囲気が増した。どうやら連れ込み宿のようだ。その後の詳細は記憶に残っていない。ただ、硬いベッドにはダニがいたらしく、痒くてほとんど眠ることができなかったことだけは覚えている。

 

翌日、雨は上がり、都内を走り抜けて神奈川県の厚木というところへたどり着いた。スマホも無い時代に、紙の地図と住所を書いたメモだけで、そのマンションを見つけることができたのだった。

 

電話をかけても、その人は出なかった。仕方なく、ポストにラッキーストライクをワンカートン突っ込んで、海へ向かった。三浦半島を適当に走って、横浜の親戚の家へ向かった。

 

 

 

ただ、それだけの話だ。

 

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