自然が怖いと思った瞬間(1990年の日記より)

 
 

嫌いじゃないけど、人間が苦手な私は、ほとんど一人でオートバイに乗ってどこかへ行く。

街へも行くけど、たいていは自然の中へ向かって走って行く。

 

林道にも、ビクビクしながら入って行く。

ごくたまに車やオートバイとすれ違うこともあるけど、挨拶する間もなく通り過ぎて行く。

 

崖の下に、ふと思いがけず美しい風景をみつけてオートバイを止め、エンジンをOFFにする。

崖の上まで歩いて行って下を見下ろすと、思った以上に高い。

そして、やはり美しい。

 

ふっと一瞬、強く風が吹きあがってきて、顔面を正面から撫でる。

はっと息を飲む。

その瞬間、心臓が止まったような感覚になる。

 

怖い・・・

 

 

 

 

暖かさと陽光と美しい海を夢見て沖縄へも行った。

船とオートバイ以外の乗り物には乗りたくなかったので、愛車とフェリーで行ったのだ。

 

沖縄の海水浴場は有料のところが多かった。

自然の海に身を浸すのに、お金が必要なのだった。

料金所の向こうには、絵はがきのように美しいビーチがあるとわかっていても、意地を張って行かなかった。

 

自分だけのビーチを探してオートバイを走らせた。

たまたまシーズンオフだったのか、料金所に人がいないビーチを見つけた。

 

 

岬の端の端、南国風の草木の生い茂った道の先に、駐車場と山のようなゴミと、木々の間からビーチへ通じる狭い砂の道があった。

あまりいい雰囲気ではないけれど、せっかくだからと海を見に行った。

 

誰もいない。

エメラルドグリーンというのか、薄いコバルトブルーというのか、とにかく美しい色の静かな海と白い砂浜がそこにあった。

しかも、砂浜にはサンゴの死骸があまり落ちていない、サラサラの砂だ。

 

 

 

静かすぎることにためらいを感じたけれど、駐車場の隅っこのコンクリートの公衆トイレで水着に着替えた。

ヘルメットとブーツを持って砂浜へ下りた。

 

沖には小さな漁船が何艘か浮いていた。

砂の上にサバイバルシートを敷いて、ブーツとヘルメットを四隅に置いた。

 

 

 

海水に身体を浸すと、水は少し冷たい。

ほんの少しさざ波がある、遠浅の海。

 

空と向き合って、身体を海面に浮かべた。

さざ波や風の音が大きく聞こえた。

 

空も海もさらに大きく私と対面していた。

風が水面から出ている私の身体と顔を撫でた。

 

はっと息を吸い込んだ。

そのまま少し呼吸が止まった。

 

怖い・・・

 

プライベートビーチ、夢のような映画のような、その場面は脆くも崩れた。

空も海もひっくり返った。

 

海から上がって、しばらく砂の上のサバイバルシートにうつ伏せになって過ごした。

熱い太陽がジリジリと、震え上がった気持ちを緩めてくれた。

 

時々スーッと海面を撫でてきたばかりの冷えた風が、私の表面を滑って行った。

気持ちいい、そう感じたはずだった。

 

けれど、私は起き上がってひざを抱え、ほんの少し海と空を眺めてから、もうここを発とうと決心したのだった。

 

ふと海と反対の方向を見ると、青年が二人、こちらを見るともなく、並んで座っていた。

砂も海水も、スッキリ拭き取ることなく、水着の上に急いで服を着て、ヘルメットとブーツを身に付けた。

 

 

 

 

 

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