嫌いじゃないけど、人間が苦手な私は、ほとんど一人でオートバイに乗ってどこかへ行く。
街へも行くけど、たいていは自然の中へ向かって走って行く。
林道にも、ビクビクしながら入って行く。
ごくたまに車やオートバイとすれ違うこともあるけど、挨拶する間もなく通り過ぎて行く。
崖の下に、ふと思いがけず美しい風景をみつけてオートバイを止め、エンジンをOFFにする。
崖の上まで歩いて行って下を見下ろすと、思った以上に高い。
そして、やはり美しい。
ふっと一瞬、強く風が吹きあがってきて、顔面を正面から撫でる。
はっと息を飲む。
その瞬間、心臓が止まったような感覚になる。
怖い・・・
暖かさと陽光と美しい海を夢見て沖縄へも行った。
船とオートバイ以外の乗り物には乗りたくなかったので、愛車とフェリーで行ったのだ。
沖縄の海水浴場は有料のところが多かった。
自然の海に身を浸すのに、お金が必要なのだった。
料金所の向こうには、絵はがきのように美しいビーチがあるとわかっていても、意地を張って行かなかった。
自分だけのビーチを探してオートバイを走らせた。
たまたまシーズンオフだったのか、料金所に人がいないビーチを見つけた。
岬の端の端、南国風の草木の生い茂った道の先に、駐車場と山のようなゴミと、木々の間からビーチへ通じる狭い砂の道があった。
あまりいい雰囲気ではないけれど、せっかくだからと海を見に行った。
誰もいない。
エメラルドグリーンというのか、薄いコバルトブルーというのか、とにかく美しい色の静かな海と白い砂浜がそこにあった。
しかも、砂浜にはサンゴの死骸があまり落ちていない、サラサラの砂だ。
静かすぎることにためらいを感じたけれど、駐車場の隅っこのコンクリートの公衆トイレで水着に着替えた。
ヘルメットとブーツを持って砂浜へ下りた。
沖には小さな漁船が何艘か浮いていた。
砂の上にサバイバルシートを敷いて、ブーツとヘルメットを四隅に置いた。
海水に身体を浸すと、水は少し冷たい。
ほんの少しさざ波がある、遠浅の海。
空と向き合って、身体を海面に浮かべた。
さざ波や風の音が大きく聞こえた。
空も海もさらに大きく私と対面していた。
風が水面から出ている私の身体と顔を撫でた。
はっと息を吸い込んだ。
そのまま少し呼吸が止まった。
怖い・・・
プライベートビーチ、夢のような映画のような、その場面は脆くも崩れた。
空も海もひっくり返った。
海から上がって、しばらく砂の上のサバイバルシートにうつ伏せになって過ごした。
熱い太陽がジリジリと、震え上がった気持ちを緩めてくれた。
時々スーッと海面を撫でてきたばかりの冷えた風が、私の表面を滑って行った。
気持ちいい、そう感じたはずだった。
けれど、私は起き上がってひざを抱え、ほんの少し海と空を眺めてから、もうここを発とうと決心したのだった。
ふと海と反対の方向を見ると、青年が二人、こちらを見るともなく、並んで座っていた。
砂も海水も、スッキリ拭き取ることなく、水着の上に急いで服を着て、ヘルメットとブーツを身に付けた。
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